Books-Culture: 2007年7月アーカイブ
このロングセラー本で岡本太郎の偉大さをしみじみ実感した。
「岡本太郎はテレビのお陰で、眼玉ギョロリの爆発おじさんという印象だけで固定されているかもしれないけれど、この本はじつに明晰な論理をもって書かれている」と解説に赤瀬川源平が書いているように、極めてわかりやすい芸術論である。同時に凄まじく情熱的な人生論でもある。
「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」。芸術家はつねに前衛であれというメッセージ。
「芸術は、つねに新しく創造されなければならない。けっして模倣であってはならないことは言うまでもありません。他人のつくったものはもちろん、自分自身がすでにつくりあげたものを、ふたたびくりかえすということさえも芸術の本質ではないのです。このように、独自に先端的な課題をつくりあげ前進していく芸術家はアヴァンギャルド(前衛)です。これにたいして、それを上手にこなして、より容易な型とし、一般によろこばれるのはモダニズム(近代主義)です。」
岡本太郎の考えでは表現行為とは人間の本質であるから、誰もが思う通りに絵を描いたり音楽を作ったりすればいいのだ、下手も上手もなくて、ユニークかどうかが大事なのだということである。上手な芸術家をまねて美しく、ここちよい表現をするのは芸術ではないのである。日本の芸術家も教育も間違っていて、けしからんのである。
岡本太郎は長いフランス滞在から帰国して、日本の旧弊な芸術家の世界に不満を持っていた。権威や体制に迎合するのではなく、そんなものをぶちこわすのが芸術なのだと繰り返す。「芸術家は、時代とぎりぎりに対決し、火花をちらすのです。」。岡本太郎はアンシャンレジームに対して何度も喧嘩を仕掛け、孤立していたらしい。
こんなことも書いている。
「さあやろう、と言って競技場に飛び出したのはいいけれど、気がついてみると、グラウンドのまん中に、ほんとうに飛び出したのは自分ただ一人。エイクソ!こうなれば孤軍奮闘!ところで前方の敵とわたりあっていると、意外なほうから、こっそりなにかしらんが伸びてきて、足をすくうらしいのです。バカバカしい。いったい、これを日本的というのでしょうか。しかし、このバカバカしさに、これからの人は、けっしてめげてはならないのです。」
この本の出版は1954年。万国博覧会のシンボル「太陽の塔」で国民的な名声の芸術家になる16年前であった。文章の端々から、やけどしそうなほどのチャレンジャースピリットが伝わってくる。
「私はこの本を、古い日本の不明朗な雰囲気をひっくり返し、創造的な今日の文化を打ちたてるポイントにしたいと思います」。冒頭でそう宣言している。常識にとらわれず、新しいことをやってやろうと思っている人、古い業界体質と戦っている人は、この本を読んだらぐっと勇気づけられると思う。
・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html
日本民族独自の美意識「いき(粋)」とは何かについて書かれた昭和5年の古典。
この本にでてくる表現としての「いき」についての記述を集めてみた。
「まず横縞よりも縦縞の方が「いき」であるといえる」
「縞模様のうちでも放射状に一点に集中した縞は「いき」ではない」
「模様が平行線としての縞から遠ざかるに従って、次第に「いき」からも遠ざかる」
「一般に曲線を有する模様は、すっきりした「いき」の表現とはならない」
「一般に複雑な模様は「いき」ではない」
「幾何学的模様に対して絵画的模様なるものは決して「いき」ではない」
「「いき」な色彩とは、まず灰色、褐色、青色の三系統のいずれかに属するもの」
これだけだとよく分からないが、ビジュアル表現として、何らかの二元性を内包していないと「いき」ではない、ということなのである。
それはいきの構造と関係がある。
まず「いき」とは、男女の関係から現れたもので、
1 異性に対する媚態 なまめかしさ、つやっぽさ、色気
2 江戸っ子の意気地 異性への一種の反抗意識
3 運命に対する諦め 垢ぬけ、解脱
の3つを構成要素とするものだと著者は定義する。
真剣で一途な恋は「いき」ではない。恋の束縛から自由な浮気心は「いき」である。追いかけすぎてもいけない。もっといえば「運命によって諦めを得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である」。
「要するに「いき」とは、わが国の文化を特色附けている道徳的理想主義と宗教的非現実性との形相因によって、質料因たる媚態が自己の存在意義を完成したものであるということができる。」
この本の特徴は「いき」をトポロジーで説明したことだ。表紙にあるこの図は見ていて飽きない。さらに詳しい解説を読みこむと、漠然としていた言葉の意味がすっきりと整理される。
「いき」の説明を通して、同時に野暮、意気、渋味、城品、下品、地味、派手という伝統的な日本の趣味の位置づけを説明している。
併収された『風流に関する一考察』『情緒の系図』も「いき」論と関係する部分が多くあり、近代日本の美的センスについて、詳しくわかる。