Books-Creativity: 2007年8月アーカイブ
すべてのクリエイターにオススメしたいのが「現代語訳 風姿花伝」(PHPエディターズ・グループ)である。風姿花伝はご存知のように、600年前に能を極めた世阿弥が書いた芸能指南の書。明治になるまで一子相伝で伝えられてきた。この書の中でも最も秘匿性が高い「口伝」で語られた「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」というフレーズは有名である。この現代語訳は古い言葉で書かれたその奥義が、誰にでもわかる言葉に翻訳されている
世阿弥によると花とは、面白くて珍しいもののことである。見るものの心を動かさなければ花ではない。そして、どんなに洗練された表現でも、ありふれたものは花ではない。だから、表現者はたくさんの持ちネタを修得し、場の雰囲気に合わせて、最適なものを繰り出せるようになりなさい。それが花のある芸人ですと伝えている。
私流に超訳してしまうと、こんなことも言っている。
・開演は会場が静まるのを待ってから始めなさい。
・昼の公演では穏やかな出し物から少しずつ盛り上げていきなさい
・夜の公演ではいきなりテンションを高く始めなさい
・練習中の芸は地方巡業で磨き、ここぞという東京ドーム公演で完成形を見せなさい
・若い芸人は若さゆえの輝きを持つが、それは一瞬のことなので根気よく精進しなさい
・35歳で世の中に認められないなら一流は諦めたほうがいいかもしれない
まだまだあるが、ずいぶん実践的で、芸能全般に応用できそうなノウハウである。幽玄、去来花、物真似という言葉もこの本から出たもの。長く秘密になっていたものが、こうして読みやすい形で読める現代は幸せだ。
さて、なぜ花は秘すべきなのだろうか。なぜ風姿花伝は一般の目から500年以上も隠されてきたのだろうか。答えが最終章に書いてある。
風姿花伝の極意は、「珍しいものが花だと思って演じていることを周囲に悟られるな」ということだったからなのである。珍しいものが見られると期待する観客の前では、何を出してもびっくりさせることが難しい。つまりネタバレ厳禁ということなのだ。
Web2.0、オープンソース、集合知の時代になってあらゆる知識が万人に共有されている。消費者にとっては便利で快適な時代だが、作り手にとっては「秘すれば花なり」が難しくなってきたともいえる。
世阿弥は芸能は人々を面白がらせ幸せにするものだと語っている。その価値を守るためにクリエイターは、これからも舞台裏は隠すべきなのかもしれない。しかし、隠すものは、隠していることを悟られてはいけない。見るものに不便や無粋を感じさせることなく、舞台裏を秘するは花なり。それがインターネット時代のクリエイティブの目指す理想なのではないかなと考えた。