Books-Brain: 2010年5月アーカイブ

奇跡の脳

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・奇跡の脳
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著者は脳が専門の神経解剖学者。37歳の時、脳卒中に襲われて、まともにはなすこと、歩くことさえできなくなるが、大手術と8年のリハビリで奇跡の復活を遂げた。自分の脳が損傷を受け、そして回復していく体験を生々しくドキュメント化した本書は米国でベストセラーとなった。

脳卒中に襲われた朝、著者は朦朧としていく意識の中で、客観的に自分の身に何が起きているのかを把握していた。一人暮らしの彼女は異変に気づいて助けを呼ばなくてはならないことを理解するが、論理的思考の左脳が破壊されていて、具体的にどうしたらいいのかわからなくなる。

「できごとを順序立てて並べるため、絶え間なく指示を出してくれていた左脳の司令塔が沈黙してしまったので、外部の現実との結びつきを維持すべく、わたしは知覚を総動員しようと懸命になっていました。過去、現在、未来に分かれるはずの時系列の体験は、順序よく並ばずに、全部が孤立したままになってしまっています。言葉による手がかりも得られないので、日常の様々なことまで分からなくなってしまったかのよう。瞬間、瞬間のあいだの知覚的な結びつきを保つことですら、おぼつかない。幾度も幾度も、脳に残されたメッセージをくりかえしました。 (なにをしようとしてるの?助けを呼ぶの?ちゃんとじゅんじょだてて、たすけをもとめようとしてるのよ。なにをしてるんだっけ?てじゅんをふんで、たすけてもらわなきゃ。そうよ、助けをよななくちゃ)」

失われたのは言語能力だけでなく、3次元を認知する能力や、さまざまな感情を感じる能力など、生活に必要な多くのことが、卒中によってできなくなっていた。感情が失われたので喪失や絶望を感じることもなかった。代わりにあったのは、左脳が失われたかわりに支配的になった右脳による宇宙との一体感、不思議な至福の感覚だったという。

彼女は元同僚の医師や母親の力を借りながら、大手術と長いリハビリに耐えて、専門家として現場復帰できるまでの知的能力を取り戻す。この本は、専門家が自身の脳卒中体験を明瞭に言語化できたほぼ唯一の例であるらしい。

驚くべきは回復の過程で自身の人格を作り直すことができたということ。リハビリでは破壊された脳の回路を作り直すわけだが、その際、負の感情やマイナス思考を引き起こす回路の復活を拒むことで、倒れる前よりもポジティブで建設的な自分を作り上げることに成功したと振り返っている。卒中で体験した至福の宇宙との一体感を完全には失わぬように、右脳の働きに重きをおいた作り直しをしたのだ。

原題はMy Stroke of Insight(私の脳卒中によるひらめき)。

「脳卒中によってひらめいたこと。それは右脳の意識の中核には、心の奥深くにある、静かで豊かな感覚と直接結びつく性質が存在しているんだ、という思い。右脳は世界に対して、平和、愛、歓び、そして道場をけなげに表現し続けているのです。」

脳が破壊されるとどうなるかを知ることができる貴重な体験談である。