Books-Brain: 2008年7月アーカイブ
中年女性ジャーナリストが自身の記憶力減退を感じたのをきっかけに脳力開発に取り組んだ。食事改善、睡眠改善、脳トレ、薬やサプリなど、頭が良くなると言われるものを手当たり次第に試しまくった脳トレ体験記。
著者の体験はとても幅広い。脳サプリメントの「ブレインサステイン」だとか、
・Brain Sustain
http://www.healthdesigns.com/brainsustain.html
インターネット上で受けられる脳開発プログラム MyBrainTrainerだとか、
・Brain Exercises, Brain Age Test and Cognitive Exercises by MyBrainTrainer
http://www.mybraintrainer.com/
任天堂DS「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の英語版BrainAgeだとか、
・Brain Age
http://www.brainage.com/launch/index.jsp
簡単に入手できる者もあるし、スタンフォード大学の不眠症研究室の治療、ヘッドギアをつけた脳波矯正プログラムだとか、MRIを使った脳の画像検査など、最先端の脳医学の御世話になったものもある。ちょっと怪しい気がする瞑想や気功も試している。
そうした体験の合間に、中年の物忘れとアルツハイマー病について、最新医学が解明しつつあることが説明されている。30代、40代からボケの兆候は見られるらしい。早期に発見して対策することが大切になってきている。
85~89歳の人に言葉の記憶テストをすると、全体の5%は17歳並の記憶力を維持しているそうだ。新しくて難しいことに常に取り組むことが脳をいつまでも若々しく保つ最善の策であるという当たり前の結論なのだが、若い頃に脳をフル回転させることが「認知力貯金」になってボケを遅らせる可能性があることや、子供の頃におでこを打った影響(従来はたいしたことがないと思われていた)でボケが早まるなんていうこともわかってきたようだ。
脳トレについては、ある程度複雑な作業を並行させると、単独で順番にこなすときより時間がかかるという「マルチタスクの非効率」現象についての研究が興味深かった。
「カリフォルニア大学アーヴィン校の研究者グループが、IT労働者を対象に、注意が散漫になったり、作業が中断させられたりする頻度を調べてみた。すると、十五分に一回ぐらいだろうという事前の予想を裏切って、実際は三分の一回の割合で起こっていた。しかも中断した作業のうち、その日のうちに再開できたものは全体の三分の二にすぎなかった。この中断を合計するとひとりあたり一日二時間以上になり、損失を金額に換算するとアメリカ全体で一年間に五千八百八十ドルになるという。」
これはおそらくウィンドウ式のGUIの弊害なのだろう。メールやWebが気になって、肝心の作業の気が散ることは私も毎日のように体験している。メールに書かれていたWebを見に行ってしまって、書こうと思っていた別のメールの返事を忘れてしまう、みたいなことがある。インスタントメッセンジャーや常駐アラートなど原因は増えてきているはずだ。
順番にひとつずつやる。気が散らない。割り込みを許さない。それでいて選択の自由度がある。そういうシングルタスクのデスクトップがあったら、頭が良くなるデスクトップとして、売れるんじゃないだろうか。
この本は女性ジャーナリストの著者が、消費者感覚で率直に、それぞれの効果を語っているので体験レポート集として価値がある。読者が自分で試す手間が省けるのがよい。
個人的にはサプリメントに興味があって、毎日「マルチビタミン」「ブルーベリー」を会社の机の引き出しに入れて飲んでいる。少々寝不足でも大丈夫な気がする。だが、市販のマルチビタミンは効果が弱すぎるとこの本では論じられており、Brain Sustain(57ドル)は気になる。
脳トレということでは子供と一緒にやるものに関心がある。最近買ってきたのはこれ。歴史年号の語呂合わせ(645(無事故)な世づくり大化の改新、とか1192(いい国)つくろう鎌倉幕府とか)が書かれた読み札と、年号と絵の描かれたカルタがセットになっている。語呂合わせを覚えていれば、早く取れる。
基本となる年号を暗記できていると、歴史ものの理解が早いから、生活の中でも結構楽しめる。
脳神経外科医が現代人の脳に起きている異変を語る。
「それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、私たちはインターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思い出す手がかりのない記憶をどんどん増やしてしまっているようなところがないでしょうか。そのために「知っているけど思い出せない」ということが増えた。」という著者の指摘に考えさせられる。
パソコン任せ、インターネット任せの生活は、私たちをさまざまな面倒から解放した。検索すれば容易に情報が見つかる。気になるページはブックマークしておけばよい。わざわざ記憶しなくなった。人にURLを送りつければ自ら説明する手間が省ける。だから内容を深く理解しておく必要もない。脳の負担が減って楽になる=ITを使いこなしている=良いことと考えがちだ。
パソコンとインターネットを人類共通の外部記憶装置として共有する情報管理スタイルは、この10年で世界中いたるところで急速に浸透している。楽に膨大な量の情報を扱うことができるようになったわけだが、一方で人間が物を覚えたり考えたりする時間は減っている。現代人は中途半端にしか情報を受け取っていないから「知っている気がするけど思い出せない」ような体験が増えていると著者は指摘する。脳がパソコンにカスタマイズされてしまっているのだ。
フリーズが多発する脳はパソコンやネットだけが原因とは限らない。会社生活における環境の変化もそうしたボケを招くのだという。
「若い頃には嫌なことをやらされているわけですが、偉くなってくると「これはもう自分でしなくてもいい」と選べる場面が増えてきます。それで面倒な作業を省いていくと仕事や生活がどんどんシンプルになっていく。そうした方が効率よく才能を発揮できそうな気がしますが、そうとは限りません。「忙しかったのにできていた」のではなく、本当は「雑多なことをしていたからできていた」のかもしれないのです。」
雑多なことを自動化簡単化すると生活の中の「新しく組み立てていく部分」がなくなる。脳の回転数が下がってしまう。著者曰く脳の回転数を上げるには、ある程度「社会の歯車である環境」に戻りなさい、意志を持った歯車でいなさいとアドバイスしている。
私はITをフル活用して仕事をしている。またそうしたワークスタイルを授業や研修で積極的に人に勧めてきた。だから、この本のフリーズする脳の問題は日々自分の問題として痛感している。1日中パソコンの画面とにらめっこしていると創造性が減退していくのが自分でも実によくわかるのだ。
パソコンをフル活用して煩雑な作業を自動化すること。インターネットを外部記憶として使うこと。こうしたやり方は決して間違っているわけではないと思う。本来は脳が楽をする分だけ「新しく組み立てていく部分」を増やすべきなのだ。だが人間はつい楽な道を選んでしまう。
数年来フリーズ脳対策として個人的に心がけていることとして、
1 企画の発想はパソコンを使わず紙の上に書いていく
2 仕事中に社内を歩き回るか外を散歩して考えをまとめる
3 情報収集ではネットサーフィンは最小限にして本を読む
4 誰かをランチに誘ってややこしい問題を人に簡単に説明する
5 真面目な会議でもなるべく人を笑わせるよう努力する
がある。この本を読む限りではだいたい方向性は間違ってなかったようだ。
私は「ゲーム脳」はまったく信じないのだけれども、パソコンやネットの過度な利用で脳が怠惰になるという、この本の説には全面的に同意である。かつては人と差をつけるためにITを使ったが、万人が使いすぎな時代には、敢えて使わないことで生産性を高めることにつながるのかもしれない。