Books-Brain: 2005年12月アーカイブ

・脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説
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私は心脳問題に答えをみつけたと断言した挑戦的な仮説本。

知情意(知性、感情、意思)、記憶と学習といった脳のはたらきは、脳の中の無数の機能モジュール(こびと)の相互作用の結果であると、脳科学では考えられている。「私」=意識は、この一連のプロセスを川とみなすなら、一番上流にいて、全体をコントロールする存在だと、従来は考えられてきた。

しかし、著者は、意識は川の最下流にいて、小びとたちの民主的な議論(相互作用)の結果を、ただ眺めている(追体験する)だけの受動的な存在なのだという仮説を提案している。そこには、あたかも意識が上流にいるかのような錯覚をさせる、無意識の仕組みがあるのだという。根拠にする研究データも含めて、ノーレットランダーシュのユーザイリュージョンに近い意見である。

だから、


意識は小びとたちの決定に従っているのに、あたかも「意識」が「自分」を従えているかのように錯覚していると考えても、何も矛盾はないのだ。

意識は小びとたちの自律分散的な処理を眺めた結果、個人的体験としてエピソード記憶を行うために存在していると、意識の存在理由まで説明している。受動仮説は、<私>とは何かという哲学的問題、バインディング問題、クオリア問題に対して、明確な答えを打ち出せると著者はいう。

この本は一般向けの要約なので、詳しい理論はその後公開されたこちらの学会論文が詳しい。

・ロボットの心の作り方
―受動意識仮説に基づく基本概念の提案―
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/consciousness/rsj2005kokoro.pdf

さて、読み物として、心脳問題のトピックを統合しようとする面白い内容だったのだけれど、本当にこの仮説が正しいのかどうかは、よくわからない。「私」も「意識」も錯覚であるという結論なのだが、じゃあ、錯覚ではない正しい知覚とはなんなのだろうか。

検証することができるとすれば、著者は、心のメカニズムを理論解明したので心を持つロボットを造ることが可能になったと述べているので、実際にこの考え方で誰かが心を持つ機械を作ってくれるのを待つしかないだろう。

・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html

・脳のなかの幽霊
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003130.html

・脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003736.html

・脳のなかのワンダーランド
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002735.html

・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html

・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html

・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html

・快楽の脳科学〜「いい気持ち」はどこから生まれるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000897.html

・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html

・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html

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