2007年07月09日
東京人生SINCE1962
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アラーキーは凄いのである、と、えらく感動してしまった写真集。
藤原新也や森山大道の写真集は、ハードボイルドな男の生きざまである。かっこよくて時代性や社会性を背負った劇画モノという感じである。ゴルゴ13みたいである。飾らない風でいてちゃんと飾っている作品だ。それに対して荒木経惟の人生の集大成みたいなこの作品は、男のめめしいセンチメンタリズムの歴史である。もちろん、かっこよさを求めた写真が数としては多いのだけれど、目立つのは、アラーキーが泣きながら撮ったような写真である。
1962年から最近までの200枚くらいの写真が、年代別に収録されている。写真芸術家としての各時代のベストショットの合間に、アラーキーが身内を撮影した作品が挟まれている。
たとえば駆け出し時代の、新婚の妻との幸福な写真は、あまりにふつうなスナップショットだ。どんな夫婦にもある、ありふれた蜜月を素直に写していて、観ている方が面映ゆくなってしまう。作品になろうがなるまいが、写真家は人生を写すのが生きがいなのであった。
この「東京人生」を読むきっかけになったのは、別の本「写真とことば―写真家二十五人、かく語りき」だった。25人の写真家が紹介されているが、ここに荒木経惟が身内の死を撮影したことについての思いを綴ったエッセイが収録されていた。心を打つ、凄い名文である。私はそれを読んで、荒木経惟に強い関心を持った。
・写真とことば―写真家二十五人、かく語りき
「写真家は、見事な写真作品だけでなく、自らの芸術を言葉でも表現している。土門拳、森山大道、荒木経惟、星野道夫他、代表的な二十五名の写真家達の言葉を収録しつつ、それぞれの芸術を解説する。」
「東京人生」にはそれらの身内の死の写真が含まれる。アラーキーは父親の死に際して遺体を撮影した。苦しそうな死に顔を撮れなくて腕の刺青を写した。母親の死の時には、それが少し残念だったので、今度はちゃんと顔を写した。そして先立たれた妻の死は、癌を知らされた日から、死の直前まで、カメラでたくさん記録して作品にした。
荒木の写真は年代を追うごとに、作為性が薄くなって、真正面から人の笑顔や幸福を写すようになっていく。いわば人生そのものを写すようになる。東京人生というタイトルは、東京で生きてきた著者の人生そのものという意味だ。
「死を感じてるから、ことさら生に向かえという。だからものすごくいい写真は照れとかなんとかが抜けちゃってる。だって最初は、たとえば「冷蔵庫、幸福」とか、バカなことやってるじゃない。それがストレートに、家族がいいんだ、その時の声が聞こえればいいんだ、笑顔がいいんだって、平気で撮れるしね。すごいもんですよ。だからどんどんピュアというかストレートになっていくんだね。」
10年ごとの年代で区切られた作品群を、順番に見ていくうちに、悲しくなって嬉しくなって、自分の人生の一部を重ね合わせてしまって、いつのまにかアラーキーという異人が身近に感じられてくる。それでいいのだ、そうでなくっちゃという気で写真を眺めるようになる。そういう体験は他の写真集で味わったことがなかった。名作だと思う。アラーキーはヌードじゃない方もすごい。
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Posted by daiya at 2007年07月09日 23:59