2007年05月13日
読書という体験
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岩波文庫80周年である。
学者、作家、ジャーナリスト、俳優など各界で活躍する34人の本好きが、それぞれにとっての読書の意味をエッセイとして寄せた。内容はさまざまで、座右の書を紹介する人もいれば、長く生き残る本とは何かを考察した人もいる。岩波文庫の歴史を博覧強記に語る人もいるし、実は若いころはあまり本を読んでなかったと告白する人もいる。
有名な書評家の斉藤美奈子氏はこんなことを言っている。
「よく雑誌の読書特集なんかで「あなたの人生を変えた一冊の本は?」と問われることがある。これは気がきいているようで、じつはマヌケな質問なのだ。だから私はそんなとき「本じゃ人生変わりません」と答える。これは本当。第一に「人生を変える」のはやっぱり生身の体験で、本はしょせん本なのだ。第二に、仮に「人生を変えた本」があったとしても、それがたった一冊のはずがない。ていうか一冊じゃ困るわけ。たった一冊の本に人生を左右されるようでは、危なっかしすぎる。」
まさにおっしゃるとおりで一冊で変わるわけもない。複数の本が人生を変えるはずだし、読む順番だってかなり影響するはずだ。必ずしもその分野で一番良い本と最初に出会えるとは限らないから、名著が人生を変えるとも限らないだろう。どんな本でもきっかけにはなりえる。
ところで私は昨年、書評の本を書いた。本好きの中でも、本とのかかわりにおいて、かなり珍しい体験をした部類に入ると思う。それで自分にとって人生を変えた一冊を敢えて挙げるとしたら何かなと考えてみた。
・モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語
小学生の時に読んだこの本は、明らかに本好きになるきっかけになっている。先日、取りよせてあるので、これから読みなおそうと思っている。近日このブログに書く予定。
それから、妙に共感してしまったのが、多和田葉子氏の「予感の香り」
「ページをめくると、本によって違う香りがたちのぼる。出版社によって、というよりおそらくは使っている紙と糊によって、本の香りは違うのだろう。それは食べ物の香りでもない。むしろ埃を被ったもの、泥のまみれたもの、すえたもの、忘れられたもの、禁じられたものなどの香りである。」
本を開いた時に、周りに誰もいないと、綴じ部に鼻をあてて、匂いをかぎたくなる人って、私だけじゃなかったわけだ。経験を積むと読まなくても、この匂いでだいたい、どのレベルの本かはわかってしまう、というのは冗談だが、情報の匂いをかぐ気持はすごくよくわかる。出版不況を打開する奇策として、名著らしい匂いのする本なんて、どうだろうか。結構、本好きには評判になるかもしれない。
そういえば、岩波文庫というと私の子供のころは、薄い半透明のパラフィン紙が表紙に被せられていたのを思い出す。夏などは汗でパラフィン紙が指にまとわりついてきて、何度も直しているうちにぐしゃぐしゃにしてしまい、諦めてはがしていた。どうやって読むのが「正式」の方法なのか、気になって仕方がなかった。大学にでもいけばわかるだろうと思ったが、行ってもその件は分からずじまい。パラフィン紙の表紙も廃止されてしまった。
愛書家の34本のエッセイを読んで本好きと情報好きは違うなと思った。本好きはそこに書かれている内容だけでなく、本を読むという体験にこだわっている。情報を得るだけが本ではないのだ。寄稿者たちは、本というメディアを、その物理的制約も含めて、人生の一部として愛している。
ぐしゃぐしゃのパラフィン紙、私も結構好きだった。
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Posted by daiya at 2007年05月13日 23:59