2007年02月10日
ざらざら
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「熱愛・不倫・失恋・片思い・男嫌い・処女、そしてくされ縁・友愛・レズビアン。さまざまな女性の揺れ動く心情を独特のタッチで描いた名品揃い。クウネル連載20篇に他誌発表作3篇を加えた、ファン注目の川上ワールド。 」
「桃サンド」という食べ物がでてくる。レズビアンの女性が恋人との同棲の最終日に、つくった手料理である。つくりかたは簡単で、「ほどよくふわふわになった食パンに、バターだのジャムだのはいっさいぬらないで、ただきりとった桃をのせる。ぎっしりのせたら、食パンを半分におる。はい、桃サンドのできあがり」。桃の水分がポタポタと落ちてくるから、彼女たちはこぼさないように苦労して食パンを食べるのである。
「桃サンド」なんて実際につくったことがないけれど、読んだだけでも、甘ったるくてぺしゃぺしゃな食感が想像できる。きっと手は、べたべたになってしまって、その手をどこへ持っていったらいいか困ってしまうだろう。でも、彼女にはそれしか作れる料理がないから、まだ愛している恋人との最後の朝に、それをつくってやるのである。心の中は桃サンドの食パンみたいにぺしゃぺしゃってことなのだろう。
この短編集には他にも、ざらざらな男女、べたべたな恋、どろどろの愛など、恋愛の質感に満ちた表現がでてくる。さらさらだったり、からっとしている気持ちの良い恋ももちろん出てくる。そして主人公の女性たちにとって、恋がすべてではないことも共通している。恋に溺れている風であっても、溺れている自分を客観的に自覚している。深追いはしない。だめなときはさっぱり諦める。ふらふらしているけど前向き。不倫はしても心中はしない感じだ。
「あいたいよ、あいたいよ。二回、言ってみる。それからもう一回。あいたいよ。」
主人公のつぶやきや会話で始まる作品が多い。口語が美しい小説だ。
「龍宮」や「真鶴」のときの川上弘美とは主題も作風も大きく違っている。同一人物の作品と思えないほどだ。得意とする女性の心理描写は恋愛小説である「ざらざら」の方があっさりしていて、異界モノの方がウェットである。男性の心理があまり描かれない点は共通している。どちらが本当の川上弘美なのだろうか。もう何冊か読んでみる。
・龍宮
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004759.html
・真鶴
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004871.html
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Posted by daiya at 2007年02月10日 23:59