2006年01月12日
音楽する脳
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著者は認知学者でミュージシャンというこのテーマにうってつけの人物。音楽と脳の共進化仮説を提唱し、音楽の本質とは何かを、生物学的、文化的、社会学的に分析していく。音楽が単なる娯楽ではなく、人類とその社会にとって、いかに重要な役割を果たしているかを、膨大な情報量で語る。
私たちの音楽の感動体験の中身とは何なのか、演奏する喜びはどこからくるのか、
この本ではいくつかの法則が提唱され、事例や比喩を使って説明されていく。重要度の高い法則を、それぞれ抜き出して、私なりのひとこと説明でまとめてみた。
「
人間社会の法則:
人間は、その神経系が相互作用の同時性を通して結びつくとき、人間固有の社会的空間を作りだす。
」
「皆で拍子を合わせること」はチンパンジーにはできない。音楽は人類の文化だ。
「
二つの環境:
中枢神経系は、外部世界と体内環境という二つの環境で役目を果たしており、体内環境に代わって、外部世界と体内環境のあいだの関係を調節している。
」
身体は中枢神経系を通じて他者の神経系とも同調できる、ひとつになれる。
「
等価の法則:
一人の身体にある複数の振動子(指や足など)が結びついて起こるリズミカルな動作は、二人以上の異なる身体にある振動子の結びつきで起こる動作と、同じ力学にもとづいている。
」
独奏も合奏も背後にある原理は同じである
「
アンサンブルの状態は縮小する:
音楽しているアンサンブルの、集合的な神経系の状態空間の大きさはそのアンサンブルの代表的な一人の状態空間に近づく。
」
人はたくさんの演奏者の合奏をひとつのゲシュタルトとして認知する
著者によると、こうした法則を持つことで、人と世界、人と人を結びつけるのが音楽の機能であり社会的役割である。こうした音楽の才能は、生物学的な適応として生じた脳の機能モジュールもあるが、文化的、社会的に発達し、個人が後天的に習得する部分も大きい。
人は演奏でリズムを刻むとき、振動子を使うのか、カウンターを使うのかという興味深い研究もあった。たとえばトン・トン・タというリズムを刻む場合、演奏の習得時には意識的に数えるからカウンター的な脳の機能を用いている可能性が高い。技能が身につくと数えなくても自然に身体が動くようになる。身体には振動子が内蔵されていて、技能者の複雑なリズム演奏は、振動子の周期を組み合わせて実現されているようである。これはドラム演奏などをちょっとかじれば体感できるところだ。
西洋の音楽は、リズム、メロディ、ハーモニーの3要素に還元される。この中で反復するリズムを著者はグルーブの流れ、メロディをジェスチャーの流れと命名した。反復するグルーブは時間の流れを止め、音楽が生まれる精神的空間をつくりあげる。その空間の中でジェスチャーの流れが感情を揺り動かす物語的な意味を語っていく。脳にはこのふたつの音楽要素を感受するモジュールがあることを脳科学や認知科学の実験から説明している。
音楽空間における感情体験はバーチャルなもので、日常生活における感情体験とパラレルだがイコールではない。音楽を聴くことで高揚したり、メランコリックになったりする。脳の動きも実際にその感情を感じているときと似た動きをしている。だが、物悲しい音楽を聴いた気分は本当の悲しみとは明らかに異なる。感情が音楽によって捏造されている。音楽で感動した際の言葉にしようのない気持ちは、バーチャルな感情生成の原理に起因するものなのだろう。
人類進化において音楽の果たした役割、脳の諸機能と音楽、音楽の天才たちの脳のはたらきや、労働における音楽の社会的役割、音楽文化の未来などテーマは多彩。演奏者の視点も多いので、プレイヤーにとっても勉強になる科学がたくさん紹介されている、実に面白い本。
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Posted by daiya at 2006年01月12日 23:59 | TrackBack