2005年09月19日
「脳」整理法
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机の上を整理する小手先の整理法ではなく、思考の大局を整理しようとする脳科学者茂木 健一郎の本。
「従来の整理法がともすればコンピュータにもできることをせこせこと手作業でやることに重点を置きがちだったのに対して、ここでは、人間にしかできないこと、人間という生命の躍動(エラン・ヴィタール)に結びついた、ダイナミックで能動的な情報の「整理」をこそ志向し、問題にしたいのです」
■世界知と生活知と偶有性
人間の世界には世界知と生活知の二つの知恵があると著者は大別する。
世界知 世界はどのようなものであるか 世界の成り立ち、科学的な知
生活知 いかに生きるか 人生の意味、哲学的な知
世界知は三人称的な立場に立つ統計的心理であるが、人生は一回性の大切さの連続である。世界知でいえば宝くじに当たるのは100万人に1人であっても、生活知では、当たるか当たらないか2分の1であるとも考えられるわけだ。
そこには、半ば偶然で半ば必然であるという「偶有性」が関係している。
「
完全に規則的ではないが、全くランダムでもない、偶有的な状況を生きるための知恵を考えるうえでは、科学的世界観にもとづく「世界知」と、一人称の個別の生に寄り添う「生活知」は一致しないことが多い
」
素敵な恋人との出会い、科学的な大発見といったセレンディピティは、本当は完全に偶然でもないし、必然でもない。それは、気づき、受容し、行動する人間の成果である。
客観的な数学的言語では、世界知を生活知にひきよせて活用することができない。
そこで、
「
自然言語こそが、世界の中の偶有性に対して現時点で最も有効な「知識整理法」のツールである
」
と著者は、ことばで考える重要性を述べている。
■ディタッチメントとパフォーマティブ
最も面白かったのがディタッチメントとパフォーマティブという二つの態度の話。ディタッチメントとは「あたかも「神の視点」に立ったかのように、自らの立場を離れて世界を見ること」で、パフォーマティブとは「現実社会においてどのような効果を与えるのかを、あらかじめ計算して言葉を選ぶ態度」のこと。
「
自らの生に密着した私秘的な視点と、擬似的な神の視点のもとでの公共的な視点の双方を行き来することができる点にこそ、私たち人間のすばらしい可能性が秘められているのです。
」
自然言語において固定化した「大文字の概念」には気をつけろという。たとえば「人間」、「国家」、「価値」、「生」、「死」といった大きな概念は、主語として使われ続けると、偶有性を離れて絶対化しやすい。戦争や原理主義は、大文字の概念が引き起こす。
「本来偶有的に変化していくべきものを不変と思いこむときに、社会にさまざまな弊害がもたらされてしまう」と著者は危惧する。世界知と生活知はハイブリッドである必要がある。
脳の内部のはたらきが偶有性を取り込めるようなインフラとして機能しているという説明がある。
(1)神経細胞は、外界からの刺激の入力がなくても、つねに自発的に活動し続けている
(2)神経細胞の結合(シナプス)は、その両側の神経細胞が同時に活動すると強化される(ヘッブの法則)
つまり、脳は放っておいても変わる柔軟な自律性を備えている。だから、「「私」に接続し、「私」を経由することによって、不変の存在だと思われた概念も、ふたたび偶有性を取り戻すことができるのです」という。
クオリアとの関係についてはこう書いている。
「
「赤」や「青」といった感覚を司るクオリアは、絶えざる神経細胞のダイナミクスを背景にもちつつ、ダイナミクスととりあえずは切り離されたかたちでの、安定したラベルを提供します。それに対して、自然言語は、一応はダイナミクスから切り離されたかたちで安定したラベルを立ち上げつつも、なおもダイナミクスとの共役を偶有性というかたちで確保することで成り立っているのです。
」
自然言語は曖昧な部分や危険な部分もあるが、こうした世界知と生活知の安定性とダイナミクスを同時に記述できる唯一の言語である。その証拠に科学論文でさえも、自然言語を使って書かれているではないかという。
ディタッチメントでパフォーマティブなことばを書くこと。確かにそれが情報社会のいま、一番重要な気がする。
・脳と創造性 「この私」というクオリアへ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003268.html
・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html
・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html
・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html
・意識とはなにか―「私」を生成する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000561.html
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Posted by daiya at 2005年09月19日 23:59 | TrackBack