2005年08月30日

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・脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ
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脳科学を語らせたら当代随一の研究者ラマチャンドランが、名著「脳のなかの幽霊」の続編を出版した。前作のファンならば必読。一般向けの講演の記録がベースになっているので、さらに、わかりやすい。

■脳にとって芸術とは何か

脳にとっての芸術を語る章を読んでいて思わず唸った。芸術は現実の写しではない。芸術とは脳が喜ぶ効果を生み出すために意図的に誇張したり、ゆがませる行為であると著者は言う。そして、ゆがませかたについての普遍法則を10ほど書き出した。

ラマチャンドラン教授が提唱する芸術の普遍的活動

1 ピークシフト 特徴を誇張する
2 グループ化 
3 コントラスト 
4 孤立
5 知覚の問題解決 いないいないばあ
6 対称性 
7 偶然の一致を嫌う/包括的観点
8 反復、リズム、秩序性
9 バランス
10 メタファー

著者は芸術の多様性の90%は文化によるものだが、10%は上記の普遍性によって芸術として成立していると述べている。世界中の人が見て美しいと思う芸術が存在する可能性があるということになる。美だけでなく、思いやり、敬虔さ、愛情もこうした脳の仕組みで理解できるはずだと説く。

美や愛をニューロンの活動結果に要素還元してしまうことは人間を矮小化することにはつながらないと強く主張している。むしろ、脳が実際にそのように機能していることこそ、本当にそう思っている(愛している、美しいと思っている)証拠であり、実在の意義なのだと述べる。


美という問題の解は、脳にある30の視覚中枢と情動をつかさどる辺縁系とのつながり(および内部のロジックとそれを動かしている進化的根拠)をさらに徹底して解明することによって得られると私は確信しています。これらのつながりが明確に解明されれば、C・P・スノウが言った二つの文化 ---片や科学、片や芸術、哲学、人文学という二つの文化を隔てている大きな溝をせばめることができるでしょう。

ラマチャンドランの脳科学に対する野心や情熱を感じる。

■共感覚ふたたび

前作同様に音や数字に色や形を感じてしまう共感覚者の話題がたくさんでてきた。説明が一層洗練されている。

たとえばこんな例。

・Synaesthesia - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Synaesthesia
BoobaKiki.png

上記の図はWikipediaから引用。

このふたつは火星人のアルファベットの最初の2文字です。右と左の形状をみたとき、どちらが”Kiki”っぽくて、どちらが「Booba」っぽいでしょうか?

この質問をすると英語圏でもタミール語族の人たちでも、98%が左がKikiで右がBoobaだと思うと答えるそうだ。

これはギザギザの視覚的形状と同じように、”Kiki”が脳の聴覚皮質に表象する「キキ」という音にも鋭い屈曲が共通してあることが原因だと論じられている。回答者は形に音を感じ取ってしまっているわけで、98%の人は共感覚の基本能力があることになる。

共感覚は脳の配線が混乱してしまっているのではなくて、むしろ原初的な感覚こそ共感覚に近いもので、万人が持っているものではないかと意外な結論に至る。

クロスモーダル(二つの感覚の統合)の活性化としては、人がはさみを使うときに、無意識に歯を食いしばったり、ゆるめたりしている事実も取り上げられる。大きいや小さいを意味する言葉を話すときにも、口を大きく開けたり、小さく開けたりしている。共感覚の名残は多くの人にある一般的なものなのだ。

だが、普通の人の脳では、色が数字に、味が形に、模様が音に感じてしまうような高度な共感覚は、日常生活に厄介なので抑制されている。


■世にも奇妙な症例たち

またまた世にも奇妙な脳の障害の患者の事例が次々に紹介されている。

本当にそのような人がいるのか信じがたい症例もある。

コタール症候群という病の患者は、あらゆる感覚が脳の情動中枢と切り離されてしまっている。この症候群の患者たちは、自分は死んでいると思い込んでいる。何を見聞きしても情動を感じることができないために、彼らは自分たちが死んでいるという推論を下し、信じ込んでしまうのだそうだ。

患者は死人は血が出ないということには同意するが、実際に針で刺して血が出ると大変驚く。だが、自分が生きているとは思わない。そうではなくて、死人も血が出るのだと考えを改めるそうである。感覚や情動が推論をねじまげてしまうのである。

こうした感覚は、普通の人が大怪我をしたときなどに、一時的に情動中枢を停止させて、不安や恐怖など無力化を起こす情動を回避するのと共通の仕組みではないかと著者は推測している。本来は緊急時に発動して生存率を高める回路が、脳の損傷によって常時起動してしまっているのが、コタールの患者なのではないかと言うのだ。

壊れた脳の奇妙な症状が他にも何十も紹介されるのだが、著者は常に例外から普遍を浮き上がらせようとしているのが面白い。部分的に壊れた脳を研究することで、正常な脳との差を比較し、脳の特定機能の部位や複雑な配線を解明しようと試みる。

私たちの意識は、無意識や物理的な脳の情報処理プロセスに深く依存していることが次々にわかってくる。前作に夢中になった人なら特におすすめの一冊。

・脳のなかの幽霊
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003130.html

・脳のなかのワンダーランド
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002735.html

・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html

・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html

・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html

・快楽の脳科学〜「いい気持ち」はどこから生まれるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000897.html

・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html

・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html


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Posted by daiya at 2005年08月30日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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