2005年04月11日
「超」整理法―情報検索と発想の新システム
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■時間軸とコンピュータ活用で分類しなくても検索できる超整理法
初版を読んだのは10年前の学生時代。当時はそれほど感銘しなかったのだけれど、ビジネス経験を少しは重ねた今、読み返してみると、素晴らしい洞察にあふれた内容だったと再認識。1993年出版でインターネットも普及していなかった時期なのでパソコンを使った情報整理に関する記述は古いが、根本の思想は色褪せていない。
超整理法は、情報を分類する従来の整理法への批判から始まる。論点は二つ。
(1) こうもり問題
情報を整理する際、どの分類に入れてよいか分からない情報が発生する問題。複数属性を持つ情報、境界領域にある情報、タテヨコ分類(分類軸が複数ある)の要素を抱える情報。
(2) その他問題
どの分類項目にも入らない情報。
そして仮に分類したとしても検索不能になる危険が伴う。誤った分類に入れてしまう「誤入問題」、仕事の進展で項目再分類をする際の「在庫引き継ぎ問題」、分類名を忘れてしまう「君の名はシンドローム」などの可能性があるからである。よって「分類はムダだ」という結論に至る。
そして「分類しなくても検索できる方法」が超整理法である。
■押し出し整理法、ポケット一つ原則、平均アクセスタイム
基本コンセプトは二つ。
1 時間軸で整理する
2 コンピュータの力を活用する
時間軸と言うのはこうもり問題もその他問題も、分類後の危険とも無縁の、ほとんど唯一の分類軸なのだ。
この考え方の応用が「押し出しファイリング」。著者はとにかく仕事の書類はA4の大きな封筒に入れろという。入れたら棚に横に並べる。使ったファイルは常に一番左に置く。ただそれだけで、よく使うファイルはすぐに見つかるし、その他のたまに使うファイル(神様ファイル)も比較的短時間で見つけ出せる情報検索システムができあがるという。
これはその後、コンピューティングの世界で出現してきた「適応型インタフェース」の先鞭だったといえそうだ。オフィスソフトの「最近使ったファイル」表示みたいなものである。確かに普通の仕事スタイルでは最近使ったファイルほどよく使う気がする。「平均アクセスタイム」の視点からも、8割くらいのケースでこの単純な方法論は有効だと思った。
一箇所にすべてを入れるというのも「ポケット一つ原則」と呼ばれる秘訣。情報が見つからないのは多くの場合、どこにしまったかが分からないからだというのは単純なようでいて、真理だと思う。しまった場所が分からないとどこを検索すればいいのかが分からない。
無論、超整理法や押し出しファイリングが通用しないケースもある。これはむしろ個人の情報整理法であって、組織や図書館の共有データベース構築では当てはまらないこともあると断り書きもある。
■ディレクトリの使い方ノウハウ
著者のハードディスクの使い方は参考になる。次の3つのディレクトリを作成しているという。超整理法的な使い方だ。
(1)J(事務用)ディレクトリ
連絡法の案内、略歴、海外旅行のチェックリスト、手紙の雛形、その他頻繁に使用するファイル
(2)R(日誌)ディレクトリ
年度のディレクトリ別に日誌を収録
(3)DB(住所録、論文リスト)ディレクトリ
住所録や論文リスト
これは自分ののデスクトップの使い方と共通部分が多かった。私は放っておくと、デスクトップにアイコンを100個以上広げてしまう乱雑派なのだけれど、たまにディレクトリを作って整理する。それが良く考えると著者のディレクトリの切り方とほぼ同じだった。
デスクトップが一杯になると、050410(2005年4月10日)のようなディレクトリを作って全部を入れてしまう。頻繁に使うファイルは「最近」「マイドキュメント」フォルダに入れている(Jディレクトリ相当)。日々の日誌記録はChangelogを使ってテキストファイルで時期別に整理している。結局、著者が10年前に発見した上記のディレクトリ分類は、普通の仕事をする人にとって今も普遍的に有用な分けかたなのかもしれない。
これに加えて、GoogleDesktopSearchやサーチクロスのようなデスクトップ全文検索ツールがあるので、これらはすべて検索が容易だ。この本の執筆時点ではハードディスク全文検索に15分もかかるツールが紹介されていたが、今は遥かに技術が進歩して、著者の理想スタイルが実現できるようになっていると感じた。
■アイデア発想法とコンピュータソフト
後半は整理法から発想法がテーマになる。著者の歯に衣着せぬ意見が鋭い。
「
世に「発想法」や「発想術」と銘うった本は多い。そこには、フローチャートやマトリックス、あるいは点検表や系統樹などを使ったさまざまな方法が提案されている。
しかし、私はこうしたものを基本的に信用していない。このような定型的な方法に縛られねばならぬのなら、発想とは、何と窮屈な作業だろう。アイディア生産はもともと、精神の自由な活動であるはずだ。それがいくつものルールに規定されねばならないというのは、どこかおかしい。
」
立花隆の文章を引用してのKJ法批判もなるほどと思った。
「
KJ法の原理は非常に重要なことだということはわかっていた。しかし、それは、......昔から多くの人が頭の中では実践してきたことなのである。......KJ法のユニークなところは、これまでは個々人の頭の中で進められていた意識内のプロセスを意識の外に出して、物理的操作に変えてしまったことにある。
これが利点となるのは、頭が鈍い人が集団で考えるときだけである。......意識の中で行われる無形の作業を物理的作業に置きかえると能率がガタ落ちする。
」
ナレッジマネジメントというと権威の偉い先生のいうことを鵜呑みにしがちだが、現場で生産性の高い人が実際には何をしているか、の方が重要である。新人研修や発想セミナーなどで用いられる「理論的に正しい」メソッドも、「実践的に正しい」かどうかは疑ってみる価値があるなと思う。
■便利な情報処理ソフトとは?個人的意見
私はこのブログで過去に120以上のソフトウェアをレビューしてきた。大半は個人の情報処理を支援するツールである。レビューを書かなかったものも含めて数百本を使っての感想は、3つの原則としてまとめることができる。
それは、
・便利なツールの3大原則
1 シンプルなツールほど便利だ
2 多様な使い方ができるツールほど便利だ
3 導入ハードルが低い(分かりやすい、安い or タダ )ほど便利だ
である。
設計者の押し付け思想やユーザに分類作業を求めるツールは長続きしない傾向がある。
ベスト3を挙げるなら、
・全文検索ツール GoogleDesktopSearch、サーチクロス
・入力支援ツール ZakuCopy、
・メモ記録ツール 紙COPI、MS OneNote、Changelog
といったところ。どれもユーザの自由度が高いツールだ。
Windowsのウィンドウメタファーに引きずられすぎてもいけないと思う。エンジニア、研究者で生産性の高い人はUNIXのコマンドラインのフィルターアプリケーションを複数組み合わせて、複雑な処理を簡単に行っていることが多い。またUNIXの世界ではこうした情報処理のプラットフォームとしてEmacsのような万能エディタがあるのも大きい。
GUIはCUIに比べて連携機能が弱いと感じる。Windowsでも、簡単な処理プログラムを、自在に連携させて、一つのプラットフォーム上で情報を処理できるようにするツールがもっと充実すると、整理法も発想法も、より進化するだろうと考えている。
個人的には、情報処理(検索)の未来には二つの「引き出す技術」がカギなのではないかと考える。
1 情報を外(記録と他者)から引き出す「インタラクション」技術
2 情報を内(記憶と想起)から引き出す「インタフェース」技術
この5年での情報処理分野での大きな革新はGoogleだ。情報の重要度をリンクのつながり方から数学的に計算することで、ハイパーリンク文書については相当便利になった。そしてその核心はPageRankであり、系統としては「アルゴリズム」技術だったと考えている。
私は、
情報検索力 = アルゴリズム × インタフェース × インタラクション
という式が成り立つと考えている。
メタデータの利用(RSSやFOAF)や自然言語処理(形態素解析、構文解析、辞書)、コンテクスト認識(音声、イメージ、生活の文脈の取得)、類似関連検索(数学モデルを背景にしたランキングアルゴリズム、クラスタリング)のなどの技術進歩は、アルゴリズムのパラメータをもう少し向上させるような気はする。だが、アルゴリズムだけではこの式全体に対して限界があるのではないかとも考える。こうした人工知能的アプローチでは、「パっとしたもの」が出ないからだ。(先日の「脳と創造性」の書評に言いたいことは近い)
最近の技術トピックでは、コミュニティベースでの知識集約(フォークソノミーなど)や、画面遷移のないインタフェース(Ajax、ライタブルWeb)、ユビキタスコンピューティングなどがある。これらは上の3要素のインタフェース、インタラクション分野での革新に分類できると思う。アルゴリズム技術が苦手とする創発やセレンディピティ的な、人間固有の創造力を発揮するのは、むしろ、こうした引き出す技術なのだと考えている。
おっといつのまにか持論展開になってしまった。
書評に戻ると、これは10年前の本であるが、再読しただけで、いろいろと刺激があった。終章に「分散型情報処理のインパクト」という項目があったが、一人ひとりが自由に発想して創造的になることが、結局は組織にとっても、知識資産の総和を増やすことにつながるのだと思う。サーバよりもデスクトップにこそ知恵はあるように思う。超整理法はまさにデスクトップの方法論だ。
超整理法は続編があるので読んでみよう。
・「超」時間管理法2005
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002584.html
著者、野口悠紀雄氏が超整理法メソッドを手帳に実装
関連情報:情報整理、発想、創造性、支援ツール
・創造学のすすめ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000846.html
・情報検索のスキル―未知の問題をどう解くか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000616.html
・分かる使える思考法事典―アイディアを生み出し、形にする50の技法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000725.html
・それは「情報」ではない
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000510.html
・デスクトップ発想支援ツール
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000139.html
・文書アウトライン作成支援ツール iEdit
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000317.html
・理想のアウトラインプロセッサを求めて
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000360.html
・現場調査の知的生産法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001804.html
・「挫折しない整理」の極意
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001794.html
・知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001734.html
・パーソナルナレッジベース、新しいデスクトップ操作方法、紙2001
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000310.html
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Posted by daiya at 2005年04月11日 23:59 | TrackBack
懐かしい。
ブログが出てきたとき「これって超整理法だな」と思ったのを思い出しました。