2005年04月10日
SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか
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ダンカン・ワッツと共に「スモールワールド」理論を提唱したことでも知られる、コーネル大学応用数学科教授ストロガッツ・スティーヴンの最新邦訳。テーマは世界に普遍的に生じる同期現象。
何万匹の群れが同期しながら発光するホタルや、クルマの交通渋滞、人間の睡眠周期など生き物の世界だけでなく、粒子の世界のレーザー光線や超伝導の仕組みも同期現象が背景にある。
この本は世界に普遍的に存在している多様な同期現象を取り上げ、その共通メカニズムを科学的に解明する。飽くまで一般向けの本なので数式を使わずに、比喩を使って、モデルを説明する名作。
■ヒトの同期現象:拍手が同期する理由
人間の拍手の同期についての考察はとても興味深い。大きな会場で、自然発生的に、満場の拍手が行われた場合、最初はバラバラな拍手が一瞬リズミカルに同期してまたバラバラに戻ることが多い。東欧の研究チームがオペラや劇場公演の拍手を録音して解析した結果、拍手が同期している間はそのテンポがバラバラなときよりも、遅くなっていることが分かった。
生まれつき拍手のテンポが速い人や遅い人がいる。彼らはつまり、バラバラな周波数を持つ振動子の集合である。集団全体の周波数分布が広過ぎると拍手はバラバラだが、狭まると同期が起きやすくなる。息の合った拍手がベストと考える振動子たちは、周波数がかなり近い隣人には、テンポを歩み寄る習性があるからだ。ランダムが同期に至る瞬間は物理学における相転移現象とみなせる。
一人ひとりは心を持ち、大きな拍手こそ、演者に感動を伝えるものとも感じている。そこで拍手全体の音量と同期の心理的トレードオフが起きているのではないかと著者は考えている。このふたつは同時には得られない宿命がある。
バラバラで騒々しい拍手とリズミカルに同期する拍手の持続時間を比べると、同期する時間は半分以下である。よって拍手全体の同期時間の音量の総和は、バラバラな拍手の音量の総和を大きく下回ることになる。そして、同期している間、今の音量では十分ではないと判断してより速く、大きく拍手をする振動子が現れる。すると周波数帯が広がって、同期と非同期の間の相転移ラインを再び下回る結果、全体の同期は崩れてしまう。
最初にこうしたシンクロ現象を指摘したのはノーバート・ウィーナーの「周波数の引き込み現象」理論で、多様な周波数を持つ振動子が正規分布する系では、平均ピークの前後で互いの周波数が引き合って、特定の二つの帯域にピークが発生するとした。つまり、人間社会や自然界では、自然に同期が起きるという理論だ。ウィーナーは現実のデータによる裏づけには失敗したものの、同期現象解明に道を開いた。
これを受けてアート・ウィンフリーが影響関数と感度という要素を提起し、理論を洗練させた。集団の均質性を少しずつ高めていくと、ある閾値を超えた瞬間に、系はコヒーレント(足並みが揃う)に振舞うように変貌する。同期とはランダムから万物が創造される非線形力学であることが解明されていく。
その後、これを厳密に非線形の数学モデルとして証明して見せたのが、この本の訳者の蔵本由紀であり、多様な現実世界の理論として説明したのがストロガッツである。同期現象をめぐる世界の最先端のタッグでこの本は作られている。
■ソーシャルネットワークを動的にとらえるシンクと流行モデルの研究
インターネットでは、ソーシャルネットワークサービスが話題になっている。SNSは人のつながり方(著者の研究であるスモールワールド)を可視化する。それだけでも便利ではあったが、リンク具合を静的に眺めているだけだともいえる。それに対して、つながりの上で起きていることを動的にとらえるのが、同期の研究なのだろう。
私たちはひとりひとりが、多様な話題に特定の周波数を持つ振動子なのかもしれない。ある人はある話題には高い周波数を持つが別の話題には低い周波数を持つというように。こうした系に集団の多くの構成員が似たような反応周波数を持つ話題が発生すると、流行が発生する。
流行の基本モデルとしてグラノヴェッターの有名な流行学モデルが紹介されている。この単純な仮定では、集団Aでは、100人の構成員がそれぞれ0から99までの閾値を持っている。例えばこの閾値は過激度で、閾値0の人間が行動を起こす(例えば窓ガラスを割る)のを見ると、閾値1の人間は反応して行動を起こす。それを見た閾値2の人間も行動を起こす。そして、3、4,5,6...と言う風にドミノ倒しが発生し、集団は暴徒と化す。
だが、もし閾値1の人間が二人いて、閾値2の人間がいない集団Bの場合、閾値1が行動を起こしても、連鎖は生じない。全員の閾値が2を上回っているからだ。面白いのは、ふたつの集団AとBは、ほとんど周波数分布に違いがないということである。たった一人の構成員が、全体を暴徒化させるか否かの違いになっている。集団心理の予測の難しさはこれが原因である可能性もある。
このグラノヴェッターモデルを拡張したのが、ダンカン=ワッツモデルで、各構成員の閾値はそれに先立って行動を起こすに違いない隣接ノードの割合と定義する。自分の隣人たちが高い割合で行動したのを見ると自分も行動する。その結果、さらにその隣人にも影響を与えるという系である。一直線のドミノ倒しではない現実に近いモデルだ。さらに実際の人間関係と同様に、大胆な性格の人や、知り合いの多い人が、全体にランダムに分布していると前提する。
ダンカン=ワッツモデルのコンピュータシミュレーションを行うと、ふたつの有名な相転移現象「ティッピング・ポイント」が見出される。リンクの密度が一定以上の集団では、流行は小さなきっかけから急速に大規模に広まり、そしてパタっと突然終わる瞬間がある。さらに分析すると「脆いクラスタ」と呼ばれる小集団が見つかる。この小集団はマーケティングの世界で「初期採用者(アーリーアダプター)」と呼ばれる人たちで新しいものを積極的に取り入れる影響力のある層のこと。全体の比率として脆いクラスタの占める割合は小さくても、彼らの行動が全体に及ぼす影響力は巨大で、流行の鍵を握る存在となっている。
この本を読んで思ったのは、マーケティングの世界では「ティッピングポイント」や「アーリーアダプター」という概念が、本来の科学を離れて濫用されてしまっているということ。本来、それらを見つけるには、全体の周波数分布やリンク密度、話題の周波数について、厳密な計算が毎回必要なはずなのだ。新しいもの好きな人たちに情報を流せば大流行が起きるという単純なノウハウに還元するには無理があるように思った。
カオスや複雑系と同じ非線形力学は、世界を支配する法則として線形力学よりも普遍的なものであることが分かっている。だが、私たちはそれを直感的には理解するのが困難だ。だから、どうしてもマーケティングの世界のように、過度に単純化したり、ユングの「シンクロニシティ」のようにオカルト化してしまう傾向があるように感じる。それでは肝心の部分が抜け落ちてしまう。ストロガッツのように、どこまでが科学かを一般向けに説明する科学者は、同期というテーマで社会を正しく同期させる上で貴重な振動子だと思った。
こうしたテーマに興味のある人は必読。
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Posted by daiya at 2005年04月10日 23:59 | TrackBack
橋本さん、こんにちわ、
いま読んでいるところなんですが、先にすばらしい要約を読ませていただくはめになりました。ありがとうございます。
SNSについてまさにおっしゃるとおりだと思います。また、そういうプロジェクトが進んでいると聞いております。SNSは人工的なモデルでなく、可視でありながらある意味自然に形成された最大の社会ネットワークであります。
ちなみに、意見形成のようなシュミレーションを物理学用語で「ダイナミクス」とも言われているようです。
Posted by: ひでき at 2005年04月15日 10:53