2005年01月12日

知財戦争このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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・知財戦争
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知財(特許、著作権)の日本及び世界の動向について日経の編集委員がまとめた本。大変よく状況と展望が整理されていて、これ一冊で知燒竭閧ェ分かった気になる。

最近、ちょうど関連するニュースが報道されている。

・青色LED訴訟、総額8億4000万円支払いで和解・東京高裁
http://it.nikkei.co.jp/it/news/keiei.cfm?i=2005011103493j4

1年前の一審で200億円という巨額の発明対価を払えと裁判所が企業に命じた青色LED訴訟が、逆転の和解。発明対価として6億800万円と遅延損害金約2億3000万円の計8億4000万円を支払うことで決着した。発明対価を巡る訴訟としては国内史上最高額とはいえ、当初の200億円と比較するとあまりに小さい。発明者の貢献度も一審の50%から5%にまで低く評価されてしまった。当事者の中村教授はこれでは日本の研究者は報われないと憤っている。

■「21世紀は卓越した1人の天才が10万人を食べさせる時代」?

この本に引用された韓国サムスングループ会長の言葉。「21世紀は卓越した1人の天才が10万人を食べさせる時代」。個人がうみだした知財が企業に何百億円、何千億円を生み出した場合でも、日本では僅かな手当てしか受け取っていなかった。青色LEDの場合は2万円だったらしい。これはあまりにひどい。

しかし、企業はひとつの特別な知財をうみだすために、その他の多数の研究にも投資している。100の研究に投資して1つが大当たりを出すような先端分野へ投資してきたのであれば、大当たりを出した社員一人の貢献度が50%というのは高すぎるという大手企業の経営者の意見にもうなずける部分がある。

また、どのような契約があったにせよ、後から訴えればその契約を無効にできる現在の裁判所の考え方は企業にとっては頭が痛い。会社規定の手当てという形で十分に支払ったつもりでも、発明者が後から不十分だったと訴えたのが、今回の青色LED事件でもあった。2万円というのが極端だったが、いわゆる高給取りだったとしても訴訟はあったかもしれない。貢献度評価の方法が過去の判例ではケースバイケースだったため、5%なのか50%なのかが事前には予測できない。これでは大企業の研究開発は経営上、リスキーである。
大学時代に習ったトマス・クーンの科学史観、パラダイム論を思い出す。科学の進歩には地道に知を積み重ねる「通常科学」の時代と、行き詰まりが高潮に達したときに現れる「科学革命」の二つの時期があるという説だ。通常科学はたくさんの科学者が関わるが、科学革命には「卓越した1人の天才」が大きな力を持つことが多い。

■事前の個別契約

この本で紹介されていたが、米国特許庁商標庁のあった商務省ビル入り口には「特許制度は天才の火に、利潤という燃料を注いだ」というリンカーンの言葉が刻み込まれているそうだ。だが、天才の火が革命という爆発をするには通常科学が必要で、ニュートンも自らの業績は「巨人(過去の科学者の業績)の肩の上に乗って」こそ達成できたと認めている。クーンのパラダイム論はマクロの科学史を論じたものなので、企業の研究進歩の比喩として完全に合致するかは私には確信がないが、似たようなことは言えるのではないだろうか。「卓越した1人の天才」だけを報いるだけでは不十分な気もする。

天才も、その発明を可能にした企業も、双方が納得する算定基準を作る必要がある。企業が納得して200億円を払うような状況が理想だ。

著者は「個別契約をすすめるべし」と提言している。従来の発明裁判は交通事故と同じロジックで裁かれてきたという。交通事故では、加害者と被害者があらかじめは分からないので、幼児の事故なら67歳まで働き続けたと仮定して生涯の逸失利益を算定する。しかし、発明裁判では当事者が分かっているのだから、事前の個別契約を決めて、それを元に算定すれば良いのではないかという意見。これならば企業側も納得できる。研究者誘致に好条件の待遇を企業が競うようになれば、優秀な研究者は助かりそうだ。

私が思うに、もうひとつは研究者の実績評価方法を特許申請の数で行わないというのも有効なのではないかと考える。この本によると特許請求の半数は「同じ発明が既になされている」などで拒絶査定されており、民間研究開発投資11兆5000億円のうち、6兆円は無駄な重複研究なのだという。特許を申請しないと仕事をしたと評価されない現場の事情が、企業にとっても国にとっても、研究者の人生にとっても、無駄を生んでいると思う。結果として特許のハズレ率が高すぎるので、特許がたまに大当たりしたときには、それは環境に長期間投資してきた企業側の寄与率が高いと経営者は思ってしまうのではないか。

この本には、このほか遺伝子スパイ事件、漫画喫茶とブックオフ、レコード輸入問題、ミッキーマウス保護法、ウィニー事件など、よく話題になる知財問題が丁寧に解説されている。特許庁の旧態依然とした業務の批判と見直し提言や、中国、米国、欧州、韓国・台湾の知財事情などの国際比較もある。幅広く、知財をめぐる諸問題を2時間くらいで俯瞰できて良い本だった。


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Posted by daiya at 2005年01月12日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

アインシュタインも自らの業績は「巨人(過去の科学者の業績)の肩の上に乗って」

ニュートンではなかったでしょうか。 著者

Posted by: 著者 at 2005年02月04日 17:39

アインシュタインだったような気がするのですが調べてみます。


そ、それよりも、ご著者ですか?!

短時間で書いたので読みの浅い書評で大変恐縮です。

この本は情報量が多くとても勉強になりました。状況がめまぐるしく変わる先端の話題ということで毎年書いていただけるとうれしいです。

著者ご本人からのコメントありがとうございました。

Posted by: daiya at 2005年02月04日 18:42

ネット検索で調べてみました。

ご指摘のとおり、巨人の肩はニュートンの言葉でした。ただ、アインシュタインもその言葉はニュートンの引用として使ったような記述をしているページもありました。私同様混乱しているのかどうかは不明でした。

ということで、明らかに正しいニュートンに修正させていただきます。

Posted by: daiya at 2005年02月04日 18:54
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