2005年01月06日
ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
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素晴らしい!名作が多いピーター・アトキンスの著著の中でも代表作になるのではないか。年始に読んだ最初の一冊だが、いきなり今年ベスト1候補。書名から一般向けのやさしい科学書が連想されるが、決して入門にはとどまらない深い内容がある。
たまには科学知識の頭の整理をしておこうと思って、事典として買ったつもりが、意外にも伏線だらけのストーリーになっていて、引き込まれた。
■10大理論による壮大な科学パノラマ
古代から現代までサイエンスの世界に革新をもたらしてきた10の理論を、1章各30ページ程度で解説する。好きな章から読んでも良いと前書きにあるが、この本の妙を味わうには絶対に順番に読むべきだ。著者は綿密に10の理論を話す順序を設計しており、章を進めるごとに読者の視野が広がっていくように構成している。
1 進化 ─── 複雑さの出現
進化は自然選択によって生じる
2 DNA ─── 生物学の合理化
遺伝形質はDNAに暗号化されている
3 エネルギー ─── 収支勘定の通貨
エネルギーは保存される
4 エントロピー ─── 変化の原動力
いかなる変化も、エネルギーと物質が無秩序へと無目的に崩壊した結果である
5 原子 ─── 物質の還元
物質は原子でできている
6 対称性 ─── 美の定量化
対称性は条件を絞り込み、指針となり、力となる
7 量子 ─── 理解の単純化
波は粒子のように振る舞い、粒子は波のように振る舞う
8 宇宙論 ─── 広がりゆく現実
宇宙は膨張している
9 時空 ─── 活動の場
時空は物質によって曲げられている
10 算術 ─── 理性の限界
算術は、無矛盾ならば不完全である
各章はテーマが違うが、科学史の整理、基本事項の確認から始まって、パラダイムシフトを起こした中心理論の解説、その後発見された課題、最新の仮説、これからの展望と続く。科学者の興味深いエピソードも随所に織り込まれるが、理論の理解という本筋を邪魔しないように、慎重に配置される。
■下の次元から上の次元を想像する科学
この本で面白かったのは、時空の章ででてくる高次元の理解の仕方。
絵画の遠近法は3次元の世界を2次元に投影する。同じように4次元を理解するには、3次元に投影してから、さらに2次元の図として表現する方法があり、時空理解のツールとして説明されている。4次元の長年の研究者になると、ある程度直感的に高次元の形をイメージできるようになるらしい。パラダイム革新というのは、今いる次元より、高い次元を想像することから始まるのかもしれないと感じた。
理論は複雑とはいえ、科学で世界を理解できることの不思議さについて著者の述べた見解も興味深い。数学体系や物理法則は人間の脳が理解できる体系であるが故に、それを公理として記述した世界は理解できるのだという仮説。
理解可能なものだけを理解するのだとすれば、私たちは無数にある事象のうち、ほんの僅かな部分しか、意識していない可能性がある。それ以外(理解不能な事象)は存在に気づきさえしないのだ。
だから、パラダイムシフトを起こすには、公理系を組み替える必要がある。そうすることで、今は理解できないことを理解可能にすることが必要になる。それは高次元を低次元から想像するということに近いのではないか。
量子論、ナノ、バイオ、脳科学、複雑系、時空など、先端サイエンスの対象は、科学者でない一般人にとって、見えないどころか、想像さえ難しい領域へと突き進んでいる。こうした事象を説明するには、要約や比喩も万能ではなく限界がある。
私たちの一般的な学習は周知の公理の組み合わせでできる定理の数を増やすことでしかなかったように思える。だが、先端科学の応用技術が社会に多大な影響力を持つようになった今、一般読者の公理系のアップデートが必要とされているような気がする。この本はまさにそれを仕掛けている本だ。
■真のテーマは万物理論
この本の本当のテーマは万物理論である。
最終章では、数千年の科学知識を集大成した結果、今日の私たちは世界をどのように理解できるようになったか、が語られる。最新の万物理論に近づこうとしている。より広い意味での万物理論が完成したことは歴史上、何度かあったのではないかと考える。アリストテレスの哲学、ニュートン力学、アインシュタインの相対性理論といった大物理論の支配期間は、やがて人間はすべてを理解し、制御できると信じることもできた。例えば、粒子の位置と速度が分かればあらゆる未来を正確に予測できる、と勘違いした時代があった。
万物理論の完成はルネサンスであると同時に「科学の終焉」が近いことを意味するのだと思う。その後には技術の歴史しか展開することができなくなる。閉塞の中から、パラダイムシフトが生まれて、古い万物理論を根底から破壊してきた歴史が、この本の内容でもある。
逆に現代は万物理論がない時代だろう。以前と違うのはゲーデルの不完全性定理や、ハイゼンベルクの不確定性原理によって、算術や物理の不完全さが証明されてしまったことにあると思う。次の万物理論の構築は不可能か、可能だとしても相当とらえどころのないものになる可能性が高い。
最終章では未来の科学のパラダイムシフトを著者が予想する。10大理論の中で著者が最も大きな破壊力を持つとみなしているのは、やはり量子論であるようだ。量子論は確かに科学の考え方を変えたし、量子論の成果は経済の3割を既に占めているとされる(例えば半導体産業)、影響力の大きな理論である。「第一のパラダイム・シフトは重力理論と量子論の統一がもたらすだろう」とし第2のパラダイムシフトとして物理的実在の根源を説明する、究極理論が遂に登場するだろうと予言する。
科学の未解決な問題のうち最も重要なものとしては、宇宙の起源と人間の意識のふたつをあげている。このふたつは意外にリンクしているのではないか?と読み終わって考えた。人間中心主義宇宙論や、量子論における位置と運動量の不確定性などの考え方は、客観と主観の間に真理をみつけようとする方向のように思える。
究極の万物理論の最終回答は「ビッグバンは私の心の中で始まった」なんていうオチでもおかしくないような気がしてきた。SF小説の読みすぎだろうか。
しかし、まあ、よくこれだけ広い分野を一人で理解し、格調高く説明できるものだと驚く。著者は天才だ。
・昨年度マイベストSF 大作は「万物理論」、中短編は「あなたの人生の物語」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002774.html
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Posted by daiya at 2005年01月06日 23:59 | TrackBack
いい本(読まなくても信じます)をご紹介いただきありがとうございます。早速、本屋へ出かけます。
たのしみは物識り人に希にあひて古しへ今を語りあふとき 橘曙覧
それから、ここへのコメントはふさわしくないですが、絵本「きかんっしゃやえもん」は息子さんの100冊の中にありますか?
小生の娘も息子もこの本が一番のお気に入りでしたので・・・。