2004年12月19日

量子コンピュータとは何かこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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・量子コンピュータとは何か
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量子コンピュータという言葉は一般的に「次世代超高速コンピュータ」という意味で、ブラックボックスとして使われている。この本は一般読者向けに量子コンピュータとは何か?、動作の仕組みや既存技術との違い、今後の展望を教えてくれる本。

この本を読んで、私はどの程度、量子コンピュータを説明できるようになっただろうか。
まずちょっと説明してみる。

■私の説明:量子コンピュータとは

数学には、天才数学者がどんなに頑張っても、実際に計算して見ないと原理的に解くことができない問題が多数存在する。中学で習う因数分解もそのタイプの問題のひとつで、数百万桁のような大きな数字の因数分解は、現在のコンピュータでは何億年もかかってしまう。半導体業界の神話であるムーアの法則が今後も維持できて、毎年CPUの性能が倍になるとしても、私たちが見通せる近未来で、せいぜい数千年に短縮できましたというレベルで終わってしまう。

これは現代のコンピュータが計算を直列の回路で順番に解いているからだ。1秒間に何億回もの計算ができるといっても、私たちの日常的時間の中では計算量に限界がある。量子コンピュータの世界では、原子を使って計算を解くための超並列回路を一度確立してしまえば、一回動作させるだけで計算が完了する。回路を構成するスイッチの仕組みが違うからである。

現代のコンピュータはオンとオフのスイッチの集まりだ。電気が流れているかどうかでオンなら1、オフなら0という状態を表現する。量子コンピュータは原子レベルでスイッチを作る。原子は時計回りか、反時計回りで自転しているので、回る方向で1と0を表現できる。最近のナノ技術では、原子に高周波の電磁波をぶつけると回転方向を変更できる。これで極小のスイッチとして使えるようになった。

だが、原子レベルの超ミクロの世界では、私たちが目にする日常のマクロ世界とは異なる物理法則が働いている。普通のスイッチであれば状態は0か1しかない。だが、原子レベルでは粒子は0であると同時に1の状態であることができる。決定論的に0か1ではなく、確率論的に状態が決まる。限りなく小さな粒子レベルで働く量子力学の世界では、φ(ファイ)と呼ばれる”重ね合わせ”状態が起きるからだ。

重ね合わせの状態は単純なスイッチよりも表現できる情報量が多い。同時に複数の状態を表現できるからだ。粒子同士は絡み合っていて、ひとつが反転すると他の粒子も状態が変化する。こうした構造を使うことで、一度の計算で並列的に多数の粒子を動かし、高速計算を可能にする。

■量子コンピューティングの現在と未来

いつ量子コンピュータは私たちが使えるようになるのか?。まだ当面は使えそうにない。原子を10個程度組み合わせて単純な計算を実行させる段階までは成功しているが、これも実験室内での特殊な環境下での話。小さな原子の構造を安定させるのが難しい。今のパソコンのように一般利用が始まるのは、数十年後というのが妥当な未来予測になりそうだ。
一向にモノはできてこない一方で、理論は先行している。仮にそのようなコンピュータが製造できたら、どのようなことが実現できるか、が分かってきている。計算量の限界で不可能とされている問題、例えば大きな素数の発見や因数分解、将棋やチェスのような複雑なゲームの予測が、短時間で可能になる。計算してみたことがなかったから、分からなかった未知の基本法則の発見につながり、科学が飛躍的に進歩する可能性もある。

量子コンピュータの理論研究の先端では哲学的問題とも対決することになる。たった1000個の原子を組み合わせて表現できる数は10の301乗。この数は0が何百も続くのだが、宇宙の素粒子の数より大きい。すると、この計算はいったいどこで行われていることになるのか?という問題だ。そして、それを解釈するとはどういうことなのか。

SFのように、計算は平行宇宙で同時に行われている、とする「多世界解釈」を唱える学者もいる。脳の情報処理事態が量子コンピュータなのではないかとする学者もいる。この著者も「もしかすると宇宙自体が量子コンピュータなのかもしれない」と述べている。

■技術の説明の技術

著者はサイエンスライターで、複雑で難しく感じられる事柄を、簡単な部品とその組み合わせに還元することで理解可能にすることに情熱を燃やしている。分かりやすい比喩を用いて一般読者が理解可能な内容にかみくだこうとしている。その試みは7割くらい成功しているように思えた。少なくとも私は上記の説明を書き起こせる程度には分かった気がした。でも、やはり難しい。

数々の難しいものの説明に挑戦してきた著者であるが、量子力学の世界は根本に一般世界にはない法則がはたらいている。一般の世界に対応する適切な比喩をみつけることが難しい。そもそも複雑を単純に還元することができない部分があるようだ。特に難しいのは重ね合わせ状態φの概念で、このような状態は日常世界には存在しない。私たちは公理の組み合わせで定理を理解することには慣れているが、いきなり公理が増えましたと言われると理解が格段に難しくなる気がする。

特に量子論と複雑系は最近、読者ニーズが高まっているが、書き手にとって、理解と説明には困難が伴う。うまい比喩をおもいついたと思っても、それを応用しようとした段階で、比喩の対応関係が破綻してしまうことが多い。無理に進めれば読者をミスリードしてしまう。

専門の学者は何年、何十年の研究生活の中で直感的に理解しているのだろう。学会の権威だからといって一般向けの良書を書くことができるわけではないようだ。知っていることと説明できることは違う。科学離れを防ぐためにも、技術の説明の技術が要請されているような気がした。

この本は量子論そのものについては説明が不十分だが、量子コンピューティングについてはうまく書いていると感じた。既に量子力学の概念を把握している人に強くおすすめ。

【レポート】量子コンピュータとは(1) - 暗号を短時間で破る超高速性能の秘密 (MYCOM PC WEB)
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/01/01/05.html


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Posted by daiya at 2004年12月19日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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