2004年04月30日
「おしゃべりな人」が得をする おべっか・お世辞の人間学
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おべっか、お世辞についての歴史的で科学的な評論。処世術の本ではないので誤解されそうな書名に注意。どちらかというと教養系。
著者はタイム誌のライター兼編集者で、政治問題のコメンテーターとして活躍しているリチャード・ステンゲル。タイムドットコム編集長、プリンストン大学講師、大統領候補のスピーチライター、国立憲法センター代表兼CEOなどを歴任する第一級の論客。
「
ヒエラルキーのあるところには、必ずおべっかが存在する。おべっかこそが、自分の地位を高めるテクニックだからだ。人類の歴史を見ても、純粋な平等主義が貫かれた人間社会などない。社会学用語で非対称関係と呼ばれるものがあれば、そこには必ず支配的名地位に昇ろうとする従属者がいる。世の中に上昇志向がある限り、おべっかはついてくる
」
古代ギリシア・ローマ、古代エジプト、中世ヨーロッパ、近代アメリカ、現代社会で、おべっかやお世辞が、どう評価され、機能してきたかが前半のテーマ。神への賛美、王への賛美、自己への賛美、異性の賛美、大統領の賛美、国民への賛美、人類は何千年間もおべっかを言い続けてきたが、そのやりかたや機能は時代によってだいぶ異なっていることが分かる。
ファラオを頂点とするヒエラルキーが何千年も維持されていた古代エジプト社会では、王への賞賛には最上級の絶賛が使われた。彼らの宇宙観では世界は既に完成されており、変化は完璧を損なうものだった。人は生まれ変わっても同じ階級、同じ仕事に就く流動性のない社会。ファラオの寵愛を受けることが、ファラオ以外の人々の最大の関心事であった。ファラオを称えるためには、写実法を無視した絵画技法で、常に王は美男子に描かれ、巨大に描かれた。
古代ギリシア人は誠実で率直で公平無私な批評を「パルヘシア」と呼んだ。私欲の見え隠れするおべっかは、当初、これと区別されて軽蔑されていたが、やがてアリストテレスの時代になって弁論術、修辞学が知識人の教養とされてからは、積極的に評価されるようになった。
キリスト教では、人に知られ、愛され、かしずかれたい神を相手に、人々は犠牲を伴う賛美を捧げた。中世宮廷文化では王に必死でへつらう貴族たちが華やかなおべっか文化を生み出す。やがて、国民主権の時代になると為政者は、逆に、国民を賛美する。国民は賢者の集まりで、その決断はいつも正しいことになる。大企業の組織文化においても、メディアの世界においても、おべっか、お世辞は活躍し、人を動かす根本原理のひとつとなっている。
平板になりがちな歴史分析だが、ウィットに富む著者の文章がとても楽しい。翻訳もよい気がする。後半は現代の話になって、身近な話題が中心で、さらに面白くなる。
現代の立身出世のための処世術の原型を確立したデール・カーネギーが俎上に上げられ、陽気で馴れ馴れしいセールスマンタイプのビジネスマンになる方法論とおべっか、お世辞の技術の関係が語られる。主題ではないのだが、この章は、デール・カーネギーってどういう人?という長年の謎がだいぶ解明された。「人を動かす」「道は開ける」はトラウマ、コンプレックスの裏返しだったという意外な事実。
現代社会では、おべっか、お世辞はインフレを起こしているという。かつては100年に一人のような逸材に対して、稀にしか使われなかった「天才的」「天賦の才」「カリスマ」「ビジョナリ」が、気安く使われるようになった。CEOのスピーチにはスタンディングオベーションが当たり前になり、大企業では「バイスプレジデント」「シニアなんちゃら」の肩書きが量産発行されている。社会の潤滑油として、古代も現代もおべっかはそこかしこに使われている。
最後に一応、おべっかとお世辞の技術論もまとめられている。数十個の気をつけるべきリストや、おべっかを言われたときの模範解答例なども、なかなかよくできているのだが、結局は、おべっかの本質は、著者が何度か引用した「人を本当におだてるものは、おべっかを言うに値する人間とみなされること」(ジョージ・バーナードショー)ということにありそうだ。
で、なぜこの本を読んだのかというと、私はどうも人をほめるのが苦手だからである。よほど顕著な特徴が見えないと、自然に褒め言葉が出てこない。女性の容貌などに社交辞令でいいからうまい一言をタイミングよく出せるといいのだが、いつも私はノーコメントで終わる。いかんなあと前から思っていた。相手の良いところを瞬時に見抜いて適切に褒めることができると、人間関係は広がりそうだ。本当に偉い人はそれができてるなあと感じる。
これはノウハウ本ではなかったので、スキルの上達はないのだが、人を適切に褒めることは、いつの時代でも普遍的に大切なことで、成功の近道であると再認識した。
関連情報:
・自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001129.html
心理主義化とおべっかの歴史は関係が深そう
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Posted by daiya at 2004年04月30日 23:59 | TrackBack