2003年12月24日
起業人 成功するには理由がある
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漫画コラムニストの夏目房之助氏による、ITベンチャー創業者23人へのインタビュー集。発売直後に増刷決定だそうだが、なるほど今までの投資家視点のビットバレー起業家インタビュー集とは一線を画す。
■ヒトに焦点を当てた深い洞察
前書きにこうある。
「本書はIT起業家という、ある種の専門家を、誰でも理解できる「ヒト」の部分で扱っている。タイトルを「起業人」とした由縁である。ITにもビジネスにもまったくド素人、門外漢の私が、ただ「ヒトの面白さを見る技術」だけを武器に、ITベンチャーの現場の人々を取材した、いわば「起業人の人間学」なのである。
私は門外漢だが、ヒトの面白さを見つけ、ナゼそうなのか、どこがポイントなのかを見出すことについていえば、プロである。長年そういう仕事をしてきたし、インタビューによって、その人自身が知らない部分を引き出すことにも自信がある」
ITベンチャーへの取材であるにも関わらず、会員数やページビューがいくらだとか、技術のアルゴリズムがどうだという話はまったく触れられていない。いや、そもそも何のサービスを提供している会社なのかの会社説明も、あっさり各章末に数行で要約されるのみである。徹底的に「人」に焦点が当てられている。
■投資家が重要視する経営者の人柄
以前、私の会社の事業を、ヒアリングしにきた百戦錬磨のベンチャーキャピタリストに、私は逆に「投資する側は会社のどこを見ているんですか?」と聞いたことがある。「実は重視しているのは社長の人柄や性格なんだよね」という答えが返ってきた。ビジネスモデルや実績も大切だが、投資の経験則では、社長の人格の方が起業の繁栄の成否を分ける、最重要要素なのだという。
この本では、その「社長の人格」が、著者の鋭い人間観察眼によってむき出しにされてしまう。著者はインタビューに際して、綿密な資料分析も踏まえて、経営者の性格特徴を引き出すための質問を、慎重に選んでいる。雑談を装いながら、精神分析を仕掛けている。この質問者の戦略は、取材を受ける側にとっては怖い。
著者のインタビューは、まず育った環境や夢中になったものなど、経営者が話しやすいことを探る。軽口を繰り出しながら場を盛り上げる。話し言葉そのままを記録したりはしない。声の抑揚や表情、話し言葉の行間を、著者は呆れるほど丁寧に分析し、活き活きとした人物像を構築していく。
私は、この本で取り上げられた創業者たちの半数と面識がある。中には今一緒に会社を経営している人もいる。初対面のはずの著者が、2時間のインタビューセッションの中で、各経営者の人柄や考え方を的確にキャプチャーできていることに驚かされる。
■人物像を浮き彫りにする、練られた構成の妙
この本は構成も練られている。年代別の章立て、1ページ使った写真、経営者自ら埋めた履歴書は、インタビューを深く読む際の手がかりになる。これらの著者の仕掛けは成功していると言えそうだ。
1980年代生まれから1940年代生まれまで、年代順でインタビューが並ぶ。若い層はITとの出会い感は薄い。ITは子どもの頃から生活の中に既に存在していたからだ。逆に年配の経営者はITをキャリアのどこかで発見し、その社会的意味を深く考察していることが、窺える。時代が色濃く映る、「育ちの環境」に順応した人もいれば、反発した人もいる。
モノクロながら1ページ使った写真には多様な意味がある。経営者の眼差し、身体の表情、身につけているものから、生き方の一端が垣間見える。顔は微笑みながらも眼が笑っていない人も結構いるなあ。
履歴書はその内容よりは、経営者が限られたスペースをどう埋めたか、という視点で読むといい。ここぞとばかりにキャリアと事業実績を並べる人もいれば、あっさり学校の卒業年度と事業開始年度だけで済ます人もいる。年代別ということもあるのだが、女性経営者まで生年が書き込まれているのは珍しい。
■インター・ビューの仕事の参考として
この本は投資家や起業志望者はもちろんのこと、インタビューの仕事をする人にもお薦めである。私もよくライターの仕事をする人間だが、インタビュー記事の執筆と言うのは難しい。普通にやるとテープ起こしのまま、企業の広報資料みたいになってしまう。著者くらいの年代にならないと、この手の人間観察は難しいのかもしれないが、その視点と手法から学べることは多そうだ。インタビューは本来「Inter-View」であって双方向のものだ。一方的に聞くだけでは書き手の仕事をしたことにならないぞ、と、この本から私は教えてもらった気がする。
余談ながら、著者の夏目房之助氏は、作家夏目漱石の孫にあたる。日本を代表する文豪の子孫が今日、どんな視点で、どんな文章を書いているか、という興味で読んでも十分に面白い。
参考URL:
・いい電子
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757702353/daiya0b-22/
ゲーム業界ド素人の書いた突撃取材漫画として私は全冊読んでいる。笑える。
・過去の関連記事 その夢はいつやるんですか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000383.html
注意:この本は出版社メディアセレクト社から献本を受けました。同社の代表者と私は関係があります(リンゴラボ代表者と同一人物)が、書評執筆に当っては、そのことを意識しないよう努めました。純粋に、読んで素直な評価としました。このブログの書評はまじめに書きたいという思いから一応付記致します。
この本で紹介される経営者のリストは以下の通り。
第1章 1980年代生まれの起業人
伊藤正裕(株式会社ヤッパ)
自分で勝手に情報を処理する自己完結系なんです
第2章 1970年代生まれの起業人
石田宏樹(フリービット株式会社)
目標や意義が納得できないとなにもできない
上田祐司(株式会社ガイアックス)
効率は愛――。これすごく大切なことだと思う
園田智也(うたごえ株式会社)
ゼロからできるという例を作りたかった
第3章 1960年代生まれの起業人
高須賀宣(サイボウズ株式会社)
重要なのは、速度、単純、魂
加治木紀子(株式会社オフィスノア)
面白いと思ってやっているうちに、後からつじつまが合う
堀主知ロバート(株式会社サイバード)
いちばん重要なのは、問題解決能力だ
原口豊(株式会社ベイテックシステムズ)
絶対、常に上昇してないといけない
關信彦(キュービットスターシステムズ株式会社)
コンピュータのネットワークで、みんなが自分を表現していく
宇野康秀(株式会社有線ブロードネットワークス)
本質的には商人と武士と両方できなきゃいけない
宋文洲(ソフトブレーン株式会社)
日本にばかりいられない。グローバルにやんないと、やられちゃうからね
安哲秀(アン研究所)
地道な方法は時間がかかるけど、最後には必ず勝ちます
舩川治郎(デジット株式会社)
最後には国連に代わる機構をつくるかもしれない
神原弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー)
スタッフが50人を超えて、待つことの大切さがわかった
竹内宏彰(株式会社コミックス・ウェーブ)
ノウハウはマンガ編集者から学んだ
市川啓一(株式会社レスキューナウ・ドット・ネット)
人のニーズに応えることが得意だったんです
南場 智子(株式会社ディー・エヌ・エー)
やっちゃった以上、成功するしかない
川上陽介(株式会社セルシス)
誰もやりたがらないことだから、やりたいんです
第4章 1950年代生まれの起業人
金丸恭文(フューチャーシステムコンサルティング株式会社)
勝つためには健全な臆病さがいる
杉山知之(デジタルハリウッド株式会社)
エンジニアの自覚は、自然に身についた感覚ですね
ティム・ブレイ(アンタークティカ・システムズ)
自分の才能がどこにあるかを探すことは、とても重要
第5章 1940年代生まれの起業人
三野明洋(株式会社イーライセンス)
10のうち8を失敗しても、成功した2を伸ばすべき
栗村信一郎(アリエルネットワーク株式会社)
若い人をサポートして生かしていく
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Posted by daiya at 2003年12月24日 23:59 | TrackBack