2003年11月14日

なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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・なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎
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著者ダニエル・L・シャクターは、ハーバード大学心理学部教授で学部長。記憶に関する第一人者で、記憶についての最新の科学的知識を、一般に伝えることに情熱を燃やす博士。その著書は全米心理学会賞やニューヨークタイムズの「ノータブル・ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれている。

なぜ「あれ」が思い出せないのか、その原因は著者によると、7種類に分類される。物忘れ、不注意、妨害、混乱、暗示、書き換え、つきまとい。これらの「記憶の7つのエラー」が、正確に覚えることや、思い出すことを阻害しているのだ。この本ではそのひとつひとつについて、検証するための臨床実験の結果も交えながら、明快に脳の仕組みと記憶の性質の本質へと迫っていく。

例えば、こんな話題も出てくる。

■舌先現象(Tip-of-the-tongue state)

世界中の51の言語を調査すると45言語に「それは舌先まででかかっているんだけど」という、ど忘れを表現する慣用句があるという。舌先現象を故意に作り出す実験の結果、年齢に応じて一般的に発生する現象であることが分かる。「舌先現象がもっとも起こりやすいのは人名だが、地名、本や映画のタイトル、よく知っている曲の名前といった固有名詞でも、普通名詞と同様に起こることがある」この現象に陥ると、記憶がブロックされた最初の文字や音節数は分かるが、最後の文字はそうでもなく、中間の文字は最も想起が困難になる。あれは「K」で始まる言葉なんだけどなあ?といった具合だ。日本人には感覚しにくいが、仏語やイタリア語などを母国語とする人たちは、名詞の男性形、女性形は思い出せるらしく、それを想起の手かがりにもするという。

■最も古い記憶の研究

ある暗示を最初に与えた後、あなたの一番古い記憶を思い出してくださいという質問をする。暗示がかかったグループは、平均で一歳半の記憶を思い出した。その2分の1は一歳以前の記憶だった。しかし、暗示をかけなかったグループには二歳以前の記憶を取り戻した被験者はいなかった。人が通常、記憶を保てるのは三歳から四歳の頃からであり、それ以前は脳のエピソード記憶が未発達で難しいらしい。思い出せてしまったのは暗示の効果による捏造された記憶であり、別の実験では、15%が「おまえは幼い頃ショッピングセンターで迷子になってなあ」という年長者の言葉によって、ありありと、ありもしなかった迷子の記憶を想起してしまったらしい。
(実は私にも1歳の記憶があるのだが...)。

と、こんなかんじで、記憶の科学と特性が次々に紹介され、私たちの記憶能力の不確かさや、奇妙な振る舞い、どうすれば記憶を強化できるかの理論が一般向けの言葉で7つのエラーごとに一章が当てられて語られる。7つのエラーがなぜ存在しているか、その意味の分析にいたる最終章まで、非常に知的好奇心を煽られながら読みすすめることができた。

評価:★★★☆☆

ここからは私見。ITの時代になって、人間の記憶力は変化しているように思う。キーボードに慣れて漢字の字形が思い出せない人や、複雑な筆算ができない人、パワーポイント依存症で図を手で描くのが苦手な人、CGのツールの普及によって、美術大学ではデッサンの下手な美術志望者が増えているとも聞く。(私もほとんどすべてに該当している)。

手を使って書く、写す、声を出して読む、筆で絵を描く。身体を動かすことで強化蓄積されていくタイプの記憶が弱まっているのではないか。私は、それは時代の流れだし、必ずしも悪いこととは思わない。現代人が以前と比べて頭を使わなくなったとか記憶の総量が減ったとは思えないのだ。その代わりに、余ったメモリーに、新しい身体知を獲得しているような気がする。必要のなくなった能力は減退するが、その分、新しいタイプの感覚入力とその記憶の能力強化が始まっている気がするのだ。全体としては退化ではなく、変化だと考える。

例えば、モバイルやネットワークを自在に使い知識を引き出す、「ネットワーク感覚の記憶」。ビットで物を考える軽快でスピーディーな「デジタル感覚の記憶」。時間と空間を飛び越えた他者との「オンラインコミュニケーション感覚の記憶」。

例えば、このキーワードだったらこのくらいの検索結果数が見込めるだろうな、とか、このタイプの情報はネット上に濃い情報がこんな風に分布していたな、とか、それらはWebで発見できるまでに、もしくは、メールで専門家から答えをもらえるまでに、どのくらいの時間を要するな、といった感覚的な知識だ。(個人的な話でぜんぜん伝わらないかもしれないのですが私の場合には上のような情報の地図のイメージを検索前に想起します。人によってそういうイメージはたぶんかなり違うとは思うのですが。みなさんの情報検索のイメージもコメントでカミングアウトしてくださるとうれしいです。)。

ネットワーク(とその先のデータやヒトの頭脳)や外部記憶メモリーを前提として、ヒトが自分の脳内に蓄積しておくべき記憶とそうでない記憶の選別が必要で、今、私たちはその実証実験をやらされている、そんな気がする。そういった知識の記憶術もこれからは必要だろうけれど、それってどういうノウハウになるだろうか?。


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Posted by daiya at 2003年11月14日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

はじめまして。
記憶の話し興味深く読ませて頂きました。
情報のイメージマップってありますねー。
そのためには常にアンテナを張ってベースとなる情報を広くおさえとく時間が必要だと思いますが仕事に忙殺されるとなかなか大変になってきます・・・。

個人的には、外で検索したいことが多いので、携帯から音声で入力・検索して、結果をメガネに映し出すなんてできたら便利かなと思います。

あっ、記憶とは関係なくなってしまいました。
すいません・・。

Posted by: みそっぷ at 2004年10月29日 11:14

こんにちわ。
舌先現象は、ペンフィールドの実験でも同じような減少が起きるとされていますね。蝶の絵を見せても蝶と言えずに蛾と言ってしまうとか。同じ理由なのかどうかは分かりません。
「ありもしなかった迷子の記憶」というのはエリザベスロフタスですね。幼児性健忘とされていますが、だからといって幼いころの記憶(三島由紀夫など)はすべて虚偽の記憶だとは言い切れないのが微妙なところです。

Posted by: CAN at 2005年11月03日 21:19