サンダカン八番娼館
有名な作品だがKindle版がでていたのを機に読んだ。1973年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。元モデルだったが暴漢に顔を切られてライターになったという過去を持つ子育て中のライターが、底辺女性史を書きたいと思って選んだテーマが"からゆきさん"。
戦前の日本では貧しい農家の娘たちが、東南アジアに売春婦として出稼ぎにいった。元"からゆきさん"を探し出し、女性ライターが単独で密着取材したドキュメンタリ。1970年頃の話なので、戦前のからゆきさんもすでに老婆であり過去のことは隠してひっそりと暮らしている。真正面からからゆきさんを取材したいといっても断られてしまう九州天草の土地で、偶然出会った老婆がそうなのではないかとあたりをつけた著者は、家に押しかけて共同生活を始めてしまう。
居候させてもらう老婆おサキさんに対して、著者は自分がライターでからゆきさん問題を取材しているとは明かさない。だが水道もトイレもない極貧の家に孤独に暮らすおサキさんは、人懐こく近づいてくる著者のことを、優しく受け入れ訪問の理由を一切問わない。近所には怪しまれないよう息子の嫁が泊まりに来ていると説明してくれる。
著者は毎晩のようにおサキさんからサンダカンの娼館で身を売っていた時代の話を聞き出そうとする。そして聞いたすべてを記憶して翌日、おサキさんが見ていないところで、便箋に内容を書き、自宅へ郵便で投函する。何もない部屋で取材ノートがみつかってしまうとまずいからだ。つねにある種の罪悪感と緊張感を保ち続ける。
こうして意図を隠して潜入取材して聞き取ったじゃぱゆきさんの波乱万丈の物語はそれ自体がとてもドラマチックで面白く、昭和史、女性史にとっても貴重な情報であるが、それ以上にこの本が面白いのは、騙して取材を続ける著者と、騙されながら話し続ける老婆の交流だ。いわば偽物の関係で始まるが、やがて二人の関係は、真摯に向き合うことで、本物になっていく。そのプロセスこそ感動的だ。
戦前の女性底辺史とその取材プロセス。ふたつのドキュメンタリが折り重なって、相乗効果を成している。
・さいごの色街 飛田
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/01/post-1579.html
この本はサンダカン八番娼館の現代版と言っていい傑作。
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