チェルノブイリ 家族の帰る場所
2人のスペイン人のコラボによるグラフィックノベル(わかりやすくいえば漫画)作品。チェルノブイリ原発事故に巻き込まれた家族3世代の人生をシリアスに描く。よくできた一本の映像ドキュメンタリ番組を観るような、しかし日本の映像とは異なる独特のメディア体験ができる。
50ページの第一部はほとんどセリフがない。避難区域の家に自主的に戻った老夫婦が、放射線で汚染された土地で静かに暮らす日々が淡々と描かれている。避難地域には人がいない、音をたてるものが何もない。夫婦が話す話題もない。不気味な静けさに覆われたページが続く。
放射線は見た目には土地を破壊をしていない。草木が生い茂り、動物が徘徊するのどかな風景が広がっている。何も起きない日々だが、妻はときに防護服をつけた男たちの姿を夢に見てうなされる。厳しい現実に戻される。
中盤では原発が爆発したXデーが緊張感を持って描かれる。現地住民は事故の状況や危険性について何も知らされることがなかった。知らされないままに燃え上がる原発を消火したり、除染したりした80万人のロシア人たちの多くが病気になったり命を落とした理不尽。反原発のメッセージを直接打ち出すのではなく、ドキュメンタリタッチでそこに生きる市井の人々の日常を描くことで、読むものに自然な憤りを喚起させる手法をとっている。詩情豊かだ。
物語の舞台で、原発に最も近い町プリピャチ(人口4.7万人)では5月から遊園地が開演する予定だった。4月末に起きた事故によって、それが実現することはなかった。誰も乗ることのない観覧車が廃墟なっていく街に暗い影を落とす。無残に日常生活を断ち切られた人々の苦悩と再生の物語は、悲しいことに日本でも数十年後に同じように描かれるのだろう。フクシマに向けた著者らのメッセージも収録されている。
『100,000年後の安全』『チェルノブイリ・ハート』
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/03/100000.html
チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/05/20-6.html
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