2012年6月アーカイブ
『アルケミスト』のパウロ コエーリョによるダークサイドの大人のおとぎ話的な作品。『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』『ベロニカは死ぬことにした』とあわせて三部作になっている。人間は1週間でどれだけ劇的に変わりうるか、を共通テーマにしている。
これといった産業もなく、過疎化が進んでいく田舎の小さな町ヴィスコスに、異邦人の旅人がやってくる。町の入口を見張るのが趣味の老女には、旅人が悪魔にと取りつかれているのがわかった。これからなにか禍々しいことが起こるのだ、と。
旅人は町の住人全員(281人しかいない)が一生遊んで暮らせる位の価値を持つ金の地金を持っている。そしてそれを村の近くの山に埋めて隠した後、村に住む若い女性プリンに恐るべき提案を告げる。それはもしも1週間以内に村人の誰かが一人でも殺されたら、地金を全部、村人に差し上げようというものだった。
旅人は「条件さえ整えば、地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす」ということを立証しようと企んでいる。誰かが死ねば残った全員が大金持ちになれる。それは黙っていれば外の誰にもわからない。そんな悪魔的な環境がこの町につくられたのだ。
顔が見えるつきあいをしてきた住人たちは、最初は旅人の提案にとりあわないが、しだいに旅人の言っていることが本当だとわかると不穏な雰囲気が濃くなっていく。ラストは大変な緊張感に包まれる。そこから読者はどういう教訓を得られるか、がこの本の読みどころだ。
オチは決して道徳の教科書的な、単純な教訓で終わらない。性善説or性悪説にとどまらない。 『ヴィスコスという辺境の町で起きることは、そのまま世界中のどこでも起きることだ』という言葉が出てくるが人間の業は深くて実に複雑だ。
・アルケミスト 夢を旅した少年
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-857.html
丸尾末広が夢野久作の代表作『瓶詰の地獄』を漫画化した。
原作は本当に短い掌作。
・青空文庫『瓶詰の地獄』夢野久作の原作が全文読める
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2381_13352.html
これを中編の漫画に仕上げている。
乗っていた客船が難破して思春期を迎える美しい兄妹が無人島に漂着する。二人は神に祈りながら、助け合って暮らすが、自然の中で半裸で過ごしていくうちに、互いに邪な気持ちが芽生えてくる。信仰心厚い二人にとってそれは生き地獄となる。その無人島から瓶に詰めて流された3通の父母宛の手紙というスタイルをとる3話連作。
丸尾末広お得意の退廃的耽美的な絵が、夢野の原作にぴったりはまっている。熱病に浮かされる感覚が漫画で、原作以上に生々しく再現されている。漫画化大成功である。
他に3篇が収録されている。古典落語が原作の『黄金餅』も秀逸。
人間の因業を漫画に描かせたら、丸尾末広と花輪和一の二人は別格クラスで凄いと思う。実に変態的だよなあと思いながら、結局、新刊がでるたび買ってしまうのであった。
・パノラマ島綺譚
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-984.html
丸尾末広×江戸川乱歩
古事記成立1300年ということで今年はとにかく古事記ものが多いのだが、これは『夕凪の街桜の国』などで知られる漫画家こうの史代がボールペン画という手法で挑んだ異色作。
冒頭に古事記全文を写経の如く小さな字でびっしりとボールペンで書き写したページからはじまる。巻物のように見えるように敢えて裁断していない装丁が意表をついている。著者はとにかくこの原文にこだわる。現代語訳を一切使わないつもりのようだ。コマには常に原文が書かれていて、脚注でのみ現代語の解説がつく。
オフィシャルサイト
http://webheibon.jp/kojiki/
漫画の絵柄はこのサイトで見ることができる。
長いマラソンが始まった。この1巻では天地創生、国生み、天の岩戸、黄泉の国、ヤマタノオロチといった物語が描かれる。古事記の序盤というのは、神様が次々に生まれてくるだけの記述が多いので、どうしてもドラマチックにはなりにくい部分だが、淡々とした絵でドラマチックな物語をつくるのがうまい人なので、2巻以降の展開に大いに期待してしまう。
7月4日(水)に国際電子出版エキスポ(東京ビッグサイト)の凸版印刷のブースで、下記講演をさせていただきます。終了後、ご来場者とお茶しながら情報交換もしたいです。ぜひみなさんエキスポ視察の息抜きに私のコーナーにきてください。
■日時 7月4日(水) 13:00~13:30
■場所 東京ビッグサイト 国際電子出版エキスポ トッパン・ブース
■無料 申込み不要です。トッパンブースへ来てください
■講演者 データセクション株式会社 取締役会長 橋本大也
■タイトル 「電子出版とソーシャルが拓くスマート読書新時代」
■概要
「電子書籍、ソーシャルメディア、SNS、スマートフォン、タブレット、クラウドサービス...。本や読書を取り巻くテクノロジーの進化によって、私たちの本を読むという体験が大きく変わろうとしています。デジタル出版のグローバル新勢力"GAFMA"(Google、Apple、Facebook、Microsoft、Amazon)がもたらす市場環境の変化に対して、日本のケータイ文化やコンテンツパワーがどう融合していくのか。2010年代の"スマート読書"について考える時間にしてみたいと思います。」
イベントの詳細やブースの位置、他の日の講演者などの情報があります。
http://solution.toppan.co.jp/event/
2人のスペイン人のコラボによるグラフィックノベル(わかりやすくいえば漫画)作品。チェルノブイリ原発事故に巻き込まれた家族3世代の人生をシリアスに描く。よくできた一本の映像ドキュメンタリ番組を観るような、しかし日本の映像とは異なる独特のメディア体験ができる。
50ページの第一部はほとんどセリフがない。避難区域の家に自主的に戻った老夫婦が、放射線で汚染された土地で静かに暮らす日々が淡々と描かれている。避難地域には人がいない、音をたてるものが何もない。夫婦が話す話題もない。不気味な静けさに覆われたページが続く。
放射線は見た目には土地を破壊をしていない。草木が生い茂り、動物が徘徊するのどかな風景が広がっている。何も起きない日々だが、妻はときに防護服をつけた男たちの姿を夢に見てうなされる。厳しい現実に戻される。
中盤では原発が爆発したXデーが緊張感を持って描かれる。現地住民は事故の状況や危険性について何も知らされることがなかった。知らされないままに燃え上がる原発を消火したり、除染したりした80万人のロシア人たちの多くが病気になったり命を落とした理不尽。反原発のメッセージを直接打ち出すのではなく、ドキュメンタリタッチでそこに生きる市井の人々の日常を描くことで、読むものに自然な憤りを喚起させる手法をとっている。詩情豊かだ。
物語の舞台で、原発に最も近い町プリピャチ(人口4.7万人)では5月から遊園地が開演する予定だった。4月末に起きた事故によって、それが実現することはなかった。誰も乗ることのない観覧車が廃墟なっていく街に暗い影を落とす。無残に日常生活を断ち切られた人々の苦悩と再生の物語は、悲しいことに日本でも数十年後に同じように描かれるのだろう。フクシマに向けた著者らのメッセージも収録されている。
『100,000年後の安全』『チェルノブイリ・ハート』
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/03/100000.html
チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/05/20-6.html
梶原一騎 原作、上村一夫 絵という二大巨匠のコラボ。昭和の劇画の傑作。
昭和18年。反骨の新人評論家と柳橋の名妓の間に生まれた鷹野翔子。戦争の時代は反国家的な言論を許さず父親は特高警察に追われる身となる。逃げた夫をかばった母は、憲兵に陰惨な拷問にかけられて身体を壊し、空襲の夜、翔子の目の前で血を吐いて死ぬ。ひとりぼっちとなった少女は終戦の混迷を生き抜くため汚濁の奈落に身を落としていく。
特高警察による拷問や、娼婦仲間の制裁、女子教護院でのリンチ.....女を裸に剥いての過激なバイオレンスシーンが多いのは、梶原一騎のノリなのだろう。上村一夫の陰影の深い絵がそうしたシーンに妖しいエロティシズムを醸し出す。この組み合わせはの相乗効果がかなり強烈。
しかし、物語がしっかりしているので暴力とエロの低俗漫画には堕ちず、良質の文学作品のような厚みのあるドラマに仕上がっている。汚れた泥の中でも清廉に咲く蓮の花のように、翔子はどんな底辺不遇に身を落としても、任侠的に一本筋を通して、自分を見失わないで生きていく。何度も何度も繰り返される試練をくぐりぬけて、翔子が凛とした大人の女に成長していくプロセスが感動的。
最近の漫画では絶対に体験できない昭和ロマンの世界にどっぷり浸れる。
司書歴30年、イタリアの有名公共図書館のリノベーションにかかわってきた著者が、21世紀の図書館のあり方について語る。インターネット時代の、高齢化の時代の図書館のあるべき姿は「屋根のある広場」。世界の図書館の意欲的な変革の事例を次々に取り上げて、旧態依然とした図書館業界に未来像を示す。成功している図書館の事例写真集が冒頭にあってイメージが湧く。素晴らしい本だった。
「私たちは、対話の場、知り合う場、情報の場をもう一度創ることができると思いますし、またそうした場を必要としています。それが、広場でありながら図書館でもある。つまり、屋根のある広場───本や映画を借りるのと同じように、友達に会いに行くということが大切に思われる場───なのです。」
インターネットにつながったパソコンがあれば多くの情報収集が自宅でできる先進国において、図書館の役割は大きな変化を求められている。インターネットでできないことは、人と人が現実に触れ合うこと。著者は「つまり、優れた運営の公共図書館は、地域のソーシャルキャピタルを豊かにする場所なのである。」と強調する。
経済不況のなかで無料のインターネット接続を提供した米国の公共図書館は、低所得者を中心に、生活補助の申請や求人へのエントリを行う場として利用者を増やし、本の貸し出し数も伸ばすことができた。本を提供する以外の目的を強化することで、本来の図書館のサービスも使われるようになった。
そして利用者同士の交流、利用者と図書館員の交流によって、豊かな人間関係をベースにした知的交流の空間が育っていく。そのためにはおしゃべりを許容する交流の場もデザインされねばならない。
「図書館は、新着映画や人種差別反対の本を増やす以上に、さまざまな人と出会う経験を通じて、自分の世界から飛び出たり、ヴァーチャルではない現実世界で人に出会ったり、世界で起こっていることを知ったり、孤独、疎外、無視と闘ったりもできるということを伝えられる。こうしたことを、他の方法、例えばネット上などで実現できるだろうか?」
若者をひきつけるには商業施設のようなカジュアルなデザインで入りやすくすることも大切だ。重厚な建築で知的静謐な従来の図書館デザインは、立地によっては利用者にとって敷居が高い。ショッピングセンターの商業施設に同化したような新しいスタイルの図書館も提案されている。イギリスのIdea Storeの写真はショッキングだ。まるでおしゃれなブティック、カフェみたいなのである。
著者は図書館員の意識改革を求めている。どうやら図書館業界の閉塞感は世界中で共有されているものらしい。
「今日でもまだ、多くの同僚たちが図書館員の主たる仕事とは、利用者と接するそれ───ほとんどの場合、専門家ではない人が配置されている───ではなく、バック・オフィスでのそれだと信じている。しかし、利用者との接触が、目録番号の記入された請求用紙を受け取り、書庫にさがしに行くことを意味する時代はだいっぶ前に終わっており、いずれにしてもそうした考えは、図書館員の活動の中心を蔵書にではなく利用者に置く「パブリック・ライブラリー」の構造とは無縁なのである。」
日本でも多くの利用者は司書と話をしたことがなく、本について質問したことがないはずだ。司書は本を選んだり、整理したりするだけの役割を脱して、もっと前面に出てその知を活かすべきだろう。それから図書館運営に図書館員以外の職業の人たちを参加させることが、世の中のニーズにこたえることにつながっていくという著者の意見にも賛成だ。
少子高齢化とデジタル化の時代に、図書館は10年以内くらいのスパンでの大変革を求められていると思う。この本はひとつの有効なビジョンを示していると感じる。
・1200円する極上紙質のA5ノート アピカ プレミアムCDノート B5 方眼
96ページで1200円もする高級ノート。
アピカのプレミアムCDノートには2種類の紙質の製品がある。ひとつはシルクのようななめらかさの「A.Silky 865 Premium」。もうひとつが帳簿用紙として定評がある落ち着きのある「クリーム上質紙」。私が買ったのは、触るとうっとりするほどなめらかなシルキータイプ。本当にすべすべ。
表紙はフランス製高級紙「キュリアスメタル」に箔押し加工。プレミアムCDノートには汚れないようにビニールカバーがつけられているのだが、本当は取り外した方が、この質感をよく味わえる。
糸かがり綴じ製本になっていてノートを開いたままにしやすいのもこだわり。開けたままおいたときのシルエットラインが素敵なのだ。これは間違いなく人に見せるノートなのでもある。
アイデアを書きなぐるのには向かない。忙しい仕事で使うよりも、自宅で趣味の読書ノートとか、音楽鑑賞メモとか、週末料理レシピとか、優雅な目的にに使うのが正しそうだ。デジタルでは味わえない紙に書く感触。その心地よさを極めていくというのは、紙のノートの生き残り方として、王道なやり方だと思った。
ドラゴンクエスト25周年記念。
1600種類を超えるドラゴンクエストシリーズに登場したモンスターを完全網羅した496ページの大図鑑。攻略本のデータ欄と同じように、一体一体のモンスターについてのイラスト、強さデータ、特徴などの情報がある。どの作品に登場したかが記述されている。見開きで紹介されるスライム(唯一全作品に登場しているモンスター)、ドラキー級の大物から、1ペーでのややメジャー級、1ページにいくつもつめこまれてしまう小物級と、メジャー度がわかるのが楽しい。ゲーム画面のキャプチャが並べられているのでゲーム機の進化も確認できる。
ボスキャラばかり集めたコーナー、同族ばかり集めたモンスターの系譜コーナー、ドラクエシリーズ全作品を通したHPランキングなど、通しでみるからわかるデータが充実している。半分以上遊んでいますというファンにとって特におすすめ。こいつと最初に遭遇したのはドラクエ3だったなあとか、しみじみ思い出深い体験ができる。
主要なモンスターキャラクターはシリーズ1から3くらいの初期に原型ができあがっていることがわかる。
大人にとっては懐かしの本であると同時に、小学生の息子は最新作の『ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド3D』を遊びながら、この図鑑をみてドラクエの奥深さに感動している模様。
モンスター大図鑑公式サイト
http://www.dragonquest.jp/daizukan/
大図鑑診断ができる
・アマゾンのプライベートブランド Amazon basicsのiPhone 4/4S 用シリコンケース
大変おすすめの良品です。
「より良いものを安く提供」をコンセプトに、アマゾンが展開するプライベートブランドのAmazon basicsからでています。手になじみ、滑らないので、落としにくいシリコンケースです。モノとしてよくできていると感じます。
Amazonベーシック iPhone 4/4S 用シリコンケース ブラック & 保護フィルム
価格が449円。安い。
しかも保護フィルムがついてくるのがポイント。保護フィルムは一般的に店頭価格で500円くらいするもの。保護フィルムを買ったらケースがタダでついてきたと思えるくらいの、大変なお買い得商品といえますね。
ユーザーの多さを背景に、良質の製品を低価格で打ち出すAmazonベーシックの底力を感じる体験でした。(いや、他の商品についてはまだ見ていませんが...)
テレビ番組のつぶやき視聴率をグラフでリアルタイムに見ることができるiPhoneアプリ。日本テレビがつくった。よくできている。いま何チャンネルの番組がネットで盛り上がっているか、1日で一番盛り上がったのはどこだったかを、つぶやき数で可視化する。「App Store」と「Google Play」で無償ダウンロード可能。
視聴者がどれくらい番組にひきつけられているかを測る指標として、これまでの視聴率というのはあてにならないと思う。視聴スタイルが多様化している。テレビを見ながら、パソコンやケータイをしている、ながら族が多いし、映像が流れていても、それを真剣に見ているとは限らない。
真剣に見ている視聴者の度合いを測るのに、ツイッターのつぶやきの数も測るというのは、正しいと思う。つぶやき数だけだと、ネットユーザーの偏りがあるだろうから、視聴率とかけあわせて分析すべきだろうとは思う。局は、視聴率は高くなかったけれど、ポジティブなつぶやき数が多かった番組を、高く評価して育てる努力をすれば、視聴率至上主義から脱していけるのではないか。
最近はNHK NewsWeb 24のように、番組内でリアルタイムにツイッターのつぶやきを表示するネットとの融合番組もあらあわれた。こういうのはつぶやき数が多くなってしまうから、どう計算したものか悩ましい。
講演とパネル出演 クロスメディア分科会 「電子販促・電子出版時代のビジネスを考える」 印刷の新機軸~価値創造へ向けて JAGAT大会2012 クロスメディア分科会
http://www.jagat.jp/content/view/3593/400/
6月22日(金) 13:30-19:10
下記イベントで講演(第2部)&パネル出演(兼司会)をやります。
「JAGAT大会」は経営と印刷産業ビジョンを考える機会として、講演会と分科会、懇親パーティーの3部構成で、毎年6月に開催しております。公益社団法人として新たにスタートした今回は、さらに多くの皆様にお集まりいただき、有意義な会としたいと考えております。
特別講演の冨山和彦氏は、事業再生のプロとしてアキヤマ印刷機械の再建を手掛け、父親がトッパン・ムーアの副社長を務めた縁もあって、印刷産業にとって実践的なヒントとなる講演をご期待ください。
■開催日 2012年6月22日(金) 13:30~19:10(予定)
第1部・・・・・・・・・・・講演会
第2部・・・・・・・・・・・分科会
※分科会は同時進行いたします。どちらかの分科会を選択してご参加ください。
第3部・・・・・・・・・・・懇親パーティー
■会 場 東京コンファレンスセンター・品川
東京都港区港南 1-9-36
■対象 印刷産業・同関連業の経営者、経営幹部並びに人事・労務・営業責任者
■主催 公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)
■クロスメディア分科会 「電子販促・電子出版時代のビジネスを考える」
もはや見過ごすことのできない電子販促、電子出版、電子書店の動向。本当に価値のあるコンテンツとは何か、ビジネスチャンスをどこに求めたらよいのでしょうか。印刷・出版メディアの可能性をクロスメディア視点で考えます。
<モデレーター>
橋本 大也(はしもと・だいや)氏
データセクション株式会社 取締役会長
株式会社早稲田情報技術研究所 取締役、株式会社メタキャスト取締役、株式会社日本技芸取締役、デジタルハリウッド大学教授、多摩大学大学院経営情報学研究科客員教授。主な著書に『情報力』『情報考学--WEB時代の羅針盤213冊』『新・データベースメディア戦略。』『ブックビジネス2.0』など。
<スピーカー>
小野寺 昭雄(おのでら・あきお)氏
読売新聞東京本社 メディア戦略局 IT事業部次長
東京大学卒。1988年読売新聞入社、編集局地方部記者を経験後、週刊読売編集部へ。現局に異動後、ヨミウリ・オンラインのニュース配信、教育サイト「読売受験サポート」の立ち上げなどを担当。昨年から電子書籍制作を手掛ける一方、電子書店「本よみうり堂デジタル」の開設・運営を行っている。
<スピーカー>
池田 敬二(いけだ・けいじ)氏
一般社団法人電子出版制作・流通協議会 事務局
東京都立大学卒。1994年大日本印刷入社、出版印刷の営業、企画部門を歴任。JAGAT認証DTPエキスパート、クロスメディアエキスパート。JPM認定プロモーショナルマーケター。日本電子出版協会クロスメディア委員会委員長。武雄市図書館デジタル化推進協議会委員。2010年から電子出版制作・流通協議会に出向。
開催日程・開催時間
2012年06月22日(金) 13:30-19:10
対象
印刷産業・同関連企業の経営者、経営幹部並びに人事・労務・営業責任者
定員
200名
申込要項
<会場>
東京コンファレンスセンター・品川
東京都港区港南1-9-36
詳細と申込みはこちら
http://www.jagat.jp/content/view/3593/400/
明治時代、米国から日本にやってきたジャーナリスト小泉八雲の書いた『怪談』。オリジナルは日本の民話や中国の説話をもとに『KWAIDAN』として海外の読者のために英語で書かれたものだった。『耳なし芳一』『ろくろ首』『雪女』など私たちが知る怪談の多くの傑作バージョンが19本読める。ただの怖い話、不思議な話というだけでなく、独特の詩情を漂わせている八雲の文章は、翻訳を通しても味わい深い。
八雲を読んだのは、現代作家が書いたこちらの『怪談』を読むための予習だった。雪女、ろくろ首、むじな、食人鬼、鏡と鐘、耳なし芳一の6本が、現代の話として、おもいっきり大胆に換骨奪胎されて、語りなおされている。
たとえば現代の耳なし芳一は、インディーズバンド「鬼火」のボーカリストだ。琵琶法師がシンガーで、琵琶がギターで、身体中に書いたお経が、顔に塗るペイントという対応になっている。ほかに雪女はコンパニオンのゆきちゃんで、食人鬼は人肉食の噂のあるシェフというように現代の都市における怪談に置き換えられている。
八雲の詩情というものはないのだが、フジテレビの『世にも奇妙な物語』を観ているような楽しさがある。
『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』がモチーフの青春群像劇。表紙のようにさわやか。
女子部員しかいなかった五島列島の中学校合唱部。産休に入った顧問の交代要員として、美しい音楽の女先生がやってくる。先生目当てでそれまでひとりもいなかった男子部員が加わり、にわかに活気づいた合唱部は、はじめての混声合唱に戸惑いながら、NHKの合唱コンクールの地区予選を目指す。課題曲は『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』。
女先生は、練習を始める部員たちに、本当に15年後の自分に向けて手紙を書いてみなさいと課題をだす。でも書いた手紙は提出はしなくていいからという条件付きで。部員たちは思い思いに未来の自分にあてた秘密の手紙を綴る。その内容が物語に挿入される。
10人くらいの主要人物の一人称視点が頻繁に入れ替わる文体が混声合唱をイメージさせる。少しずつ部員たちの抱える葛藤や秘密の過去、ひそかな恋心が明らかになっていく。全貌が明らかになるころに、コンクールの本番舞台がやってくる。
少年少女の成長をまっすぐに描いていて、NHK合唱コンクールの如く健やかで、安心して読める良作。現代の小説としては毒がなさすぎともいえるが、汚れた心を浄化する清涼剤としておすすめ。
キリスト教伝道師兼言語学者としてアマゾン奥地の少数民族ピダハン族の研究に30年を捧げた研究者が書いた衝撃のノンフィクション。著者はピダハン族と暮らすうちに、彼らの文化に魅了され、西洋文明の価値観を疑いはじめる。そして遂には無神論者となって信仰を捨て去ってしまうに至る。私たちとはまったく異なる世界認知のスタイルがあるということを教えられる。
ピダハン族の言語には数を表す言葉がない。色の名前もない。神の概念もない。我々がよく知る現代の西洋とも東洋とも違う認知世界の住人たちだ。ピダハンの生活は直接経験の原則で貫かれている。経験していないことは考えない。遠い昔のことや未来の話は語らない。空想の話もない。だから彼らの文化に口承伝承や神話、そして儀式がない。ピダハンも夜に夢を見るが、それも寝ている間の幻としてではなく現実の経験として扱う。
ピダハンの血縁関係は単純で狭い範囲に限られる。それは平均寿命45年で実際に出会える関係に限られるのだ。祖父母の話はでてこない。右と左の概念もない。代々同じ場所に住んできた彼らにとって、重要なのは川がどちらにあるかのみ。だから川がある方向に対して自分の絶対的な位置だけを考える。自分がいまどちらを向いているかによって変わってしまうあいまいな右、左という方向感覚を使わないで生きているのだ。色も常に具体的に何かの色という言い方でしか呼ばないから、"赤"や"青"にあたる一般的な色の名称がない。抽象化と無縁の文化である。
ピダハンは人生の節目ごとに名前を変えることで別人になる。子供を小さな大人として扱う。幼児に刃物で遊ばせたままにしておく。保護しないともいえる。死んでしまったらそれも運命と受け入れる。神を持たない彼らだが、日常生活において精霊を見る。精霊はどうやら本当に見えている何かであるらしい。
こうしたピダハンの文化は言語構造に大きな影響を与えているという研究成果が本書の後半部である。ピダハンは十一しか音素がない特異な言語を持つ。音素が少ないので単語や文は長くなる。話の文脈依存度が高い。話し方の構成が一般的な言語とは大きく違う。彼らが何か起きたことを語ろうとするとき、は、時間の順序を重視せず、五月雨式に、いくつもの視点が入り乱れるような話し方をする。記録をみただけで我々の言語体系と明らかに違うことがわかる。これは先に挙げた彼らの文化や世界認知のあり方と密な対応がある。
文化が言語に根本的な制約をもたらすという著者の研究は、人類には普遍的に言語を生成する生得的能力があるとするチョムスキーの言語理論に異を唱えるものだ。具体的な例外を示すことによって、言語というものはチョムスキーが想定していたほど互いに似ていなくて、違いが大きいものだという事実を突きつけてみせた。
「ピダハンはわたしに、天国への期待や地獄への恐れももたずに生と死と向き合い、微笑みながら大いなる淵源へと旅立つことの尊厳と、深い充足とを示してくれた。そうしたことをわたしはピダハンから教わり、生きているかぎり、彼らへの感謝の念をもちつづけるだろう。」。
驚くべきは著者が信仰を捨てるほど魅了されたように、ピダハンが物質的には貧しいながらも、彼らなりの調和をもって現代人以上に幸福に暮らしているということ。グローバリズムを超えた真の多様性を理解するために、この本は有益だ。
「やはり大和政権が成立する前には出雲王朝があったに違いないッ!」
水木しげる曰く、30年位前から、古代出雲族の青年がちょくちょく夢にでてきて描け描けと頼まれていたのだそうで、それをやっと作品化にすることができたという構想30年の渾身の漫画傑作。大和中心の歴史観とは微妙に異なる出雲王朝オオクニヌシの視点で日本神話を解釈していく。大胆な歴史解釈をするのではなく、古事記や日本書紀には描かれなかった『出雲国風土記』系神話を取り上げたり、国譲りについて「しかし実際にこんなキレイ事じゃなかったんだろう」というコメントをつけたりして、記紀の相対化を試みる。
天孫族の正体や国譲りの真実など水木しげるの推測を語る部分もあるが(そしてその部分もなかなか面白いが)、基本的には史実とされていることや最近の発掘成果も盛り込んで、歴史と神話の両側面から出雲地方の古代史を無理なく描いていて、学習漫画としてもよさそう。
トップ画面では
「【東京】6月に行われているイベント」
「代々木公園イベント」
「脱マンネリデート(東京近郊のイベント)」
「東北夏祭り2012」
「ビアガーデンで夏を楽しもう」
のような複数のイベントが登録されている"イベントライン"が表示される。気になるラインをクリックすると、個々のイベントの情報が表示される。チラシなどの画像を次々に横へスライドさせてチェックしていく。
気になるイベントがあったらフリック操作で画面上へはじく。すると自分のお気に入りに登録される。イベントの住所はマップへ、詳細は公式サイトへ飛ばすことができる。
カレンダーアイコンをクリックすると、自分のiPhoneカレンダーに、イベントラインごと登録(照会)することができてしまう。これがうれしい。
この本はちょっと高いが、気になった人にはきっと繰り返しの鑑賞価値あり。「梅ちゃん先生」のタイトルジオラマを制作したジオラマ作家の山本高樹作品集。大型本。同氏による32点の傑作模型作品の写真が並ぶ。見える部分だけつくる撮影用ではなく、鑑賞用の作品として作りこまれており、どの方向から写しても細部まで見ごたえがある、見事。
写真の世界の言葉に記憶色という用語がある。多くの人がイメージしている色という意味だ。青空は青々としていて、リンゴは真っ赤で、桜の花は濃いピンクで、というように現実よりも鮮やかに、写真の色合いを修正することをいう。これらの作品はまさに記憶色的というか本物の昭和以上に昭和の原風景を再現しているように思える。
この人のジオラマは単に建築物を再現したのではない。丁寧に作りこまれた人物フィギュアがジオラマ内のあちこちに配置されていて、ひとりひとりがドラマをもっていそうなのが素晴らしい。雑誌「荷風!」に連載していたこともあって、永井荷風らしきおじいちゃんキャラがジオラマ内に登場するのも楽しい。これでコマ撮りで映像にしたら面白そうだが。
模型の作り方も写真で紹介している。
衝動買いだったが大当たりであった。
・山本高樹の昭和ジオラマ日記
http://mokei-hiyorigeta.cocolog-nifty.com/blog/
山本高樹オフィシャルサイト
http://www.hiyori-geta.com/
インスタントラーメン、カップラーメンの発明者であり日清食品創業者の安藤百福の自伝漫画。インスタントラーメンは全世界で年間に950億食が消費されている。人類は1年間に一人当たり10食以上食べている計算になる。なんだかわからないがすごいことだ。
安藤百福は遅咲きの起業家だった。事業に失敗して一文無しになった48歳のとき、粗末な掘っ立て小屋でインスタントラーメンを発明して大成功をおさめる。カップヌードルの発明は61歳の時だった。96歳まで生きた。
「百福は、自分が開発したチキンラーメンを毎日のように食べ続けました。90歳を超えても、元気いっぱいでした。インスタントラーメンは、体によくないかもしれないといううわさを、自分が健康でありつづけることで、はねのけたのです。」という記述があるが、ここに感動した。
昔、ハンバーガー会社の社長が講演で、ご自身はハンバーガーを毎日食べているのですか?と聞かれて食べてるわけないだろという趣旨の発言をしたことがニュースになったが、やっぱり嘘でもいいから毎日食べているのが本物の経営者である、と思う。
そういう安藤百福に惚れて先日、横浜にできたカップヌードルミュージアムへ行ってきた。
カップヌードルミュージアム
http://www.cupnoodles-museum.jp/
発想力がテーマ。カップに乾燥麺を入れるのではなくカップをかぶせることで工場大量生産を可能にした「逆転の発想」など学べる。
まだ無い物をみつける、なんでもヒントにする、アイデアを育てる、タテ・ヨコ・ナナメから見る、常識にとらわれない、あきらめない。安藤百福の人生から創造性の秘訣を知る展示がある。
井上靖の『天平の甍』で鑑真がマイブームなわけだが、この本は、奈良時代に日本に仏教の戒律を伝えた鑑真とは、いったい何者だったかについて語る。鑑真は本当に中国で高名な僧だったのか、戒律とは何だったのか、日本にどんな影響を与えたのか。
鑑真は日本に渡ると決心してから10年間で5回に及ぶ渡航の失敗(多くは鑑真に出国してほしくない仲間の密告、そして遭難)ののち、失明するがなんとか日本に漂着する。そして日本にはじめて戒律をもたらしたというが、戒律という情報そのものだったら巻物を運んで来れば十分だったはずである。なぜ鑑真はこんな苦難を乗り越え日本に集団で来る必要があったのか。
それは制度そのものを日本に輸入しようとしていたということらしい。それまでの日本の仏教界では自分で誓うことで戒律を体得したと認められていた。しかし鑑真は三師七証という資格を持った10人の僧による正式な授戒が必要であるとした。だから日本に渡るのは一人ではダメだったのである。
戒律の内容というのがなかなか面白い。もちろん殺生をするな、うそをつくな、盗みをするな、や高尚な部分もあるが、僧侶の日常生活を細かく規定した部分もあって、たとえば排泄時にあまり力んではいけない、体力を消耗するから、とか大真面目に排泄の仕方がプロセスとしてつづられている。帰りにはちゃんと手を洗え、と。
日本人が舶来物をありがたがるのはこの頃も同じなのだ。鑑真の渡来によってその後の日本の仏教は大きく変わり、日本なりの仏教として進化していく。外国から入ってきた文化を、進んだもの、正しいものとして、ありがたがっていただくことで、自分たちの文化の発展のプロセスへに取り込んでいく。この雑食のしたたかさは、日本人の強さなのでもあるなあ。
・天平の甍
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/05/post-1651.html
「1984年五輪ロサンゼルス大会から2008年北京大会まで、直近の過去七大会の競争種目男子100メートルの決勝で、スタートラインに立った56人はすべて黒人である。」
陸上競技、バスケットボール、フットボールというスポーツでは黒人の活躍が顕著である。濃い褐色の肌は強靭な肉体をイメージさせる。メディアは強い動物のイメージにたとえたりもした。
黒人は先天的に身体能力が高い?
奴隷制の試練を耐え抜いた強靭な肉体の男女から生まれているから?
黒人身体能力ステレオタイプという偏見は、世界中にあるが特に日本人に強く持たれているらしい。現実には黒人が他の人種と比較して生得的な身体能力が優れているという証拠はないし、そもそも「黒人」の定義が曖昧であり、肌が黒いからといっても遺伝学的には大きく異なる集団が混在しているそうだ。
黒人自身も自分たちの身体能力が生まれつき高いと勘違いしていることがあるのは、この問題の難しさを示している。それは音楽の能力と同じで、個の素質と環境によって伸ばされるものに過ぎないということを、多くの人が誤解している。
著者はさまざまなスポーツの歴史を丁寧にみていく。黒人の大活躍する陸上競技、バスケットボール、フットボールといった競技がある一方で、黒人が活躍しない種目もある。米国のベースボールやボクシングのように、一時は黒人選手が上位を占めたが現在はそうではなくなった種目も結構ある。
奴隷制の時代から現代まで、黒人のスポーツへの進出を時系列で追いかけることで、歴史的な経緯やいくつもの条件が重なって、黒人優位のスポーツができあがっていった様子がみえてくる。
この内容、そうだったのか!という人もいれば、やっぱりそうか!、という人もいるだろう。どちらにせよ、いまだに広く持たれている偏見と差別に真正面から一石を投じる内容。面白い。
オリンピック前に呼んでおきたい一冊。教科書でちゃんと教えてもよいのかも。
『血だるま剣法/おのれらに告ぐ』の平田弘史が島津藩の宝暦治水を描いた劇画。幕府に虐げられた島津藩士たちの、上士にいじめぬかれた下士たちの、理不尽に耐えがたきを耐える姿を描いた全5巻。トラウマになりそうな激烈作。
関ヶ原で西軍についた薩摩藩に対して、徳川幕府は常に疑いの目を持ち、その力をそぐために、無理難題をふっかけた。特に有名なのが宝暦治水工事。幕府は歴史的に洪水に悩まされてきた木曽三川の治水工事をするように島津に命じた。工事をするには藩政が立ち行かなくなる莫大な費用の一切を島津藩がもたねばならない。島津藩をつぶすための策略ともとれる理不尽な幕命だったが、家老の平田靱負は「民に尽くすもまた武士の本分」といって藩をまとめ、工事の総奉行として藩士800名以上を連れて遠い任地に赴いた。
総予算40万両、1年半にわたる難工事だが、専門の職人を使うことを幕府が許さない。藩士たちは人夫となって自ら工事にあたった。粗さがしやわいろを求めてくる幕府の役人たちのいやらしい監督下のもと、誇り高い島津藩士たちはひたすら忍耐を重ねて、治水工事を続けるが、やがて堪忍袋の緒が切れるものもあらわれて...。
史実的には、50人以上の藩士が、あまりの理不尽な要求をする幕府や藩上層部に対して抗議の切腹をし、総奉行平田靱負も、幕府高官による屈辱的な工事検収が完了した後で、予算超過の責任を取って自害した。幕府から派遣されてきた監督役の中にも島津藩に同情して、抗議の切腹をしたものもいたというほど、壮絶な工事現場であったそうだ。
宝暦治水と平田靱負の話は、同じ出版社からでているみなもと太郎の漫画『風雲児たち』で知って興味を持っていた。『風雲児たち』の少年漫画風の絵柄ではなくて、鬼気迫る平田弘史の劇画になったことで、藩士たちの血を吐くような悲壮感、悲惨感は数百パーセント増しでびしびし伝わってくる。血を見ない回はない。特に上士にいびられる下士たちの救いのなさはカムイ伝に通じるものがある。
武士道を超えた薩摩道の極みを感じるトラウマ漫画である。
幕末の風雲児を語るために関ヶ原からじっくり語るという、相当無謀な取り組みを成功させた長編時代劇漫画。長いけれどもおすすめ。島津藩がなぜ徳川幕府を倒すに至ったかの本質を知ることができる。この漫画は読んで本当に勉強になった。
A4ヨコサイズのCamiappが発売されていたので使ってみた。
かたい合紙の表紙がついており、カバンの中で崩れない安心のデザイン。
A4ヨコというのはブレインストーミングやマインドマップをやるには最適なサイズだと思う。落書きをしても余裕があるから発想が自然に広がっていく。余白のアフォーダンスって素晴らしい。
私の編み出した使い方。セミナーを聴講しながら、左半分に講演内容を書きとめ、右半分に自分の意見や質問を書くと、後に残す記録としても価値があるノートになる。イベントをネタにするライターやブロガーにおすすめ。
デジタル化したノートは、これは後日、活用できるなと思ったページを選んでEvernoteへ送っている。前述の内容をセミナーの記録フォルダに放り込んで行っているが、だんだんと充実してきた。セミナーノートを増やすのが楽しみになってきた。おかげで本は読んだらそれについて何か必ず書いて残すを習慣としているが、セミナーも必ず何か残すという習慣ができつつある。
・スマートフォンで撮影してデジタル化するノート コクヨ CamiApp
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/10/camiapp.html
・スマレコノート Wリングノート単語帳A7 B罫 NW-A706B-T
紙の単語帳だが、スマートフォンで撮影して、デジタルで活用できるのが新しい。
まずは覚えたい単語と意味を書いていく。
そしてスマホアプリの「スマレコノート」を起動して撮影する。4隅のマークが枠内におさまるようにとる。スマレコノートの特徴である黒い分割マークに注目。ここが黒く塗りつぶされていると、デジタル化したときに分割せよという指示になる。
デジタル化された単語帳は、分割された範囲ごとに、タッチ操作で表示/非表示切り替えができるようになる。右側をマスクで隠しておいて、タッチするとマスクがとれる。暗記の確認作業が容易になる。
単語帳サイズではあまり工夫の余地はないのだが、他の大きなスマレコノートでは、分割マークを塗りつぶすことで、分割やマスクする範囲を自由に指定できる。普通にとった板書のノートを、後から分割マークを指定することで、テスト対策用ノートに変身させることができる。
コクヨのキャミアップ、キングジムのショットノートにつづいてスマホ対応ノートの第三勢力がナカバヤシのスマレコノート。後発なだけに、デジタル面でもっとも意欲的な機能に挑戦している。
DTP Festa in TOKYO 2012 June(富士ゼロックス)「未来の顧客をどこで探すか?デジタルネイティブ世代 の思考と行動学」
DTP Festa in TOKYO 2012 June
http://www.fujixerox.co.jp/tkx/product/event/dtpfesta201206/index.html
富士ゼロックス主催の下記イベントで講演します。
◆開催日時:2012年6月14日(木) 10:20~11:40
◆会場:富士ゼロックス株式会社 Document CORE Tokyo
東京都港区六本木3-1-1 六本木ティーキューブ5階
◆交通アクセス
・地下鉄南北線「六本木一丁目駅」(出口1方面)直結
・地下鉄銀座線、南北線「溜池山王駅」(13番出口)より徒歩7分
・地下鉄日比谷線、都営大江戸線「六本木駅」(5番出口)より徒歩7分
DTP Festa in TOKYO 2012 June
~ DTP New Work Styleに向けて ~
富士ゼロックス東京は、DTP領域における様々なお役立ちをクリエーションからOutPut(Printing)までワンストップで提供するベストパートナーです。
時代に合ったニューワークスタイルの変革に向けた、クリエイティブワークやプリント・印刷ワークフローの価値を高める最新情報を提供いたします。
2012年6月14日(木) 10:20~11:40
「未来の顧客をどこで探すか?デジタルネイティブ世代 の思考と行動学」
生まれついてのデジタルとネットワーク世代の文化を彼らとともに探究する" デジタルネイティブ・ラボ" の活動から、これから求め られている商品・サービス、そして教育環境とは何かを考えます。
( ※デジタルネイティブとは、生まれた時からインターネットやパソコ ンのある生活環境の中で育ってきた世代。米国では幼い子どもが絵本をiPad を触るようにして、絵が動かないことを不思議がります。 日本でも1 ? 2 歳の子供が上手にiPad を操作するデジタルキッズの名でTV でも放映されました。このように10 年後20 年後のメイ ンのお客様は今とは感覚が違うデジタルネイティブ世代なのです。)
※これは以前、デジタルハリウッド大学の研究発表会で講演した内容とかなり似たものです。このブログの読者には来場者がいると思いますのでご了承ください。
データセクション株式会社
取締役会長 橋本 大也(はしもと だいや)氏
【プロフィール】
ITビジネスの起業家。早稲田大学在学中にインターネットの可能性に目覚め技術ベンチャーを創業。主な著書に「情報力」「情報考学 WEB時代の羅針盤213冊」「新・データベースメディア戦略。」「アクセスを増やすホームページ革命術」等。株式会社早稲田情報技術研 究所取締役、株式会社日本技芸取締役、多摩大学大学院経営情報学研究科客員教授等を兼任。
詳細と申し込みはこちら。
DTP Festa in TOKYO 2012 June
http://www.fujixerox.co.jp/tkx/product/event/dtpfesta201206/index.html
本の表紙にスマホをかざして情報を見る AR書籍情報ビューア ミルタス
まだわずかな店舗(有隣堂の一部3店舗)でしか体験できないが、この光景は新鮮だった。書店の棚にディスプレイされている本の表紙を、スマートフォンのカメラでのぞくと、書籍が認識されて、関連する動画などの情報が見られるというアプリケーション。
常識的には書店内でスマートフォンのカメラなんて起動したら、店員さんに注意されてしまいそうだが、このコーナーは別でそれが推奨されているわけだ。ちょっとびくびくしながらやってみた。
まだまだ実験中のようで、アプリに対応している書籍もわずかであるが、カメラをかざすとすぐに認識されて情報が表示された。ブックマークできるので、気になる本のデータを書店でひろっておいて、あとでじっくり検討するという使い方ができそうだ。この表紙キャプチャでないと入手できない情報をつくれば、本屋はデータをひろいに行く場所になる、というのもありえる未来かもしれない。
ミルタス
http://mirutasu.com/
タテに振ると電源オン・オフ、横に振るとチャンネルと音量のアップダウン テレビの手
タテに振ると電源のオン・オフができる。
ヨコに振ると音量とチャンネルのアップ・ダウン。左から振るとアップ、右から振るとダウン。(音量とチャンネルはスイッチで切りかえる)
振ると指先が光って音が鳴る。テレビに向かって振るのだが、大きく振り切ってはいけない。飽くまで赤外線のリモコン機能を使っているので、振って最後はテレビの受信部に向けたところで止める必要がある。ちょっと冷静にやらないといけない。
横着グッズと言えばその通りだが、実は実用面ではリモコンの方が簡単である。チャンネル変更は目的のチャンネルまで遠いと何度も振らないといけないし、電話がかかってきたから急に音量を下げるということも難しい。あくまでテレビの操作も遊びのうちとして楽しむグッズである。
我が家ではリモコンが行方不明になったときに、活躍している。これは目立つから。
デジタルチューナー内蔵テレビのみに対応。
「一般的にいって、過剰結合状態は非常に不安定で変化が激しいばかりでなく、事故も引き起こしやすい。1958年にプリンストンの数学者ユージーン・ウィグナーが発表した論文によれば、高度につながった大規模なシステムは、特定の状況下に置かれると必ず不安定になるという。システムの規模が増し、結びつきが強まるにつれて不安定さは増していく。ウィグナーが分析した計算式は、経済学者が経済システムを分析する際に用いる計算式に酷似している。」
シリコンバレーのベンチャーキャピタリストが過剰結合状態にあるインターネットの危険性を論じた本。現行制度の多くはもっと結びつきの弱い社会を前提に設計されている。インターネットがすべてを緊密につなげてしまうと、インターネットは制御棒を失った原子力発電所のように、臨界爆発を発生させかねない。
著者が提案する解決は、
1 正のフィードバック水準を下げる
2 事故が起きにくい強固なシステムを設計すること
3 むすびつきの強さの自覚
という内容。
特に重要とする1は、たとえば金融機関のレバレッジ規制、社会的に無価値な取引への課税、市場の透明性を高めることなど、国家の垣根をこえてなんでもありのインターネットに対して、何らかの規制をかけるべきだという。回路を加熱(正のフィードバックの行き過ぎ)から守るサーモスタット機構をもたねばならないという意見だ。
過剰結合の系がもたらす急激な変化は「ある文化のまわりの文化がその変化についていけない状態」つまり「文化的遅滞」をもたらす。環境が技術変化についていけないとき、大規模な文化的遅滞が起こり、社会を破壊する。だから、アクセルだけでなくブレーキが必要だというのはよくわかる。
しかし、既存のシステムを破壊したうえで、新しくてよりよいシステムが現れることもある。急速な変化でなければできない革命もある。著者が必要と強調する抑制を強める「負のフィードバック」機構はえてして旧体制の勢力を意味することも多いはずだ。なにが暴走で破壊なのかを、結果論で見極めるのは、結構難しいことなのではないか、とも思う。
「寺澤 芳男
1931年、栃木県佐野市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。野村證券副社長、MIGA初代長官を経て、'92年、日本新党の細川護煕代表の要請により参議院議員に立候補、当選。以後、経済企画庁長官、参議院外務委員長、東京スター銀行会長などを歴任する」という経歴の著者。
これだけの肩書を持っていれば、スピーチなんて何をしゃべってもいいだろうと思ってしまうのだが、
「しかし選挙演説やビジネススピーチの場合、ときとして聴衆の「あなた誰?」的な猜疑心を一身に受けながら話さなくてはならないこともある。これは難しい。自分自身がどういう人物であるかを語りながら聴衆の猜疑心を解いていく文脈が求められる。でないと聴衆は耳を傾けてくれないのだ。」
という苦労も語っており、肩書のある人も、ない人もスピーチの苦労には似たところがあるのだなと感心。講演者としても人気を誇る著者が語るノウハウは、品が良くて無理がなくて、実践しやすい。
たとえばサクセスストーリーは人気があるが、自慢話は敬遠される。さてどうするか。著者は「3人の恩人」の話として、自分の華やかな経歴を、恩人への感謝の話として、再構成した。結局、同じ事実を語っているようであるが、聴衆に受け入れられやすくなるし、何より印象がよくなる。
「聴衆の緊張をうまくほぐせたら、スピーチは八割方成功」「自分が言いたいことより相手が聞きたいことを話す」「「よく聞こえるささやき」がスピーチ力を高める」など、スピーチに臨む姿勢や、技術を自身の経験談にからめて紹介している。
一部にはやはりそれはあなたがVIPだからでしょ?と突っ込みたくなる部分もあるが、要するにある程度の社会的地位を持っている人向けに、特に役立つ本といえる。寺澤 芳男氏の自伝として読んでも面白い。
異界研究の第一人者が、神隠しにまつわる神話や伝承、そして現実の神隠し事例を研究することで、日本の村社会における「神隠し」の役割と機能に迫る。意外に人間的で現実的なオチになる。
「民俗社会における「神隠し」とは何なのだろうか。極端な言い方をすれば、それは現実の世界での因果関係を無視して、失踪事件を「神隠し」のせいにしてしまうことなのである。村びとたちは自殺も、事故死も、誘拐も口減らしのための殺人も、身売りも、家出も、道に迷って山中をさまよったことや、ほんの数時間迷い子になったことまでも、「隠し神」のせいにしてしまおうとしていたのである。」
神隠しの多くが、事実を隠蔽するためのヴェールとして使われ、その真意は「失踪者はもう戻ってこないと諦めよ」ということを遠回しに伝えることにあった。辛い現実を突きつけられるよりも「神隠しにあったのだ」で失踪を異界へ放り投げたほうが、慰めになると人々が考えたわけである。
一方で失踪していた家出人が戻ってきた場合にも「神隠し」にあっていたという説明が用いられた。こういうときは、家出人を元の生活に戻してやるために、失踪中のことを敢えて聞かない救済手段の方便として神隠しが使われることもあったそうだ。
「「神隠し」とは、要するに、失踪時には、人隠しであると同時に、"こちら側"の現実隠しであり、帰村時には、失踪期間中の体験隠しであったということになるのだ。」
神隠しというのは日本人が編み出した社会的破綻への救済策なのだ。こういう方便は、今みたいなにっちもさっちもいかない人が多い時代には必要かもしれない。都市化やIT化が進んで、村がなくなり、すべてが可視化されてしまった現在、息苦しいと感じている人は多いはず。監視カメラだらけの現代では神隠しを演出するのは難しい。
まあ、今まだ有効というのは「原稿はほとんどできていたのにハードディスクが飛んじゃいました」というあたりだろうか。ハードディスクが飛んでしまったら、すべては許されざるを得ないし、それ以上責任追及するものでもないのである。優しい方便は今だって必要だと思う。神隠しみたいなロマンがないのは残念であるが。