氷壁
井上靖の現代ミステリというのははじめて読んだ。
主人公の魚津は山登りの親友の小坂と二人で、冬の前穂高初登攀に挑戦する。雪がへばりつき岩が屏風のように前面にそそり立つ難所で、突然、ザイルが切れ、小坂は転落死する。ひとり助かった魚津は懸命の捜索を行うが、遺体はみつからない。
東京へ戻ってきた失意の魚津は新聞の報道を読んで愕然とする。ナイロン製ザイルが自然に切れるはずがないと専門家たちが発言をしているのだ。記事は、まるで魚津が助かりたくて小坂を切り捨てた、とか、小坂が自殺したくて切った、あるいは二人の登山技術が未熟だったから、とも読めるような含みを持たせた論調であった。
なぜ切れないはずのザイルが切れたのか。非がなかったことを証明しようと魚津は走り回るが、状況はどんどん不利な方へと変わっていく。小坂の元愛人で、魚津も心惹かれていた美貌の人妻 美那子の夫は、ザイルの素材をつくる企業の経営者であった。そして小坂の勤務する企業の親会社でもあった。魚津がザイルが切れたことを証明することは会社の不利益となる。
かなりの長編だが、構成が完璧で、飽きさせない。
舞台は昭和30年。社会のしがらみとマスコミに翻弄されながら、自分と友人の名誉のために必死に戦う魚津の姿は実に昭和的。ネット時代の今だったら魚津はブログを立ち上げて主張するのだろうな。登山家コミュニティに原因究明のための実験費用寄付をよびかけて話題になるが、SNS上での美那子との個人的つながりが、2ちゃんねるで暴露されて大炎上。クライマックスではustreamで証拠探しの登山を生中継して潔白を証明してみせるみたいな。平成的にはたぶんぜんぜん違った展開になってしまう、だろう。
井上靖の作品。
・後白河院
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/05/post-1645.html
・おろしや国酔夢譚
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/05/post-1644.html
・しろばんば
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/02/post-1381.html
・孔子
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/11/post-168.html
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 氷壁
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.ringolab.com/mt/mt-tb.cgi/3607