後白河院
今年の大河ドラマ『平清盛』の主要登場人物である後白河院を井上靖が書いた。
源頼朝に「日本第一の大天狗」といわしめた権謀術数の男であった後白河院。源平や摂関家の政治に翻弄されているだけのようにも見えるし、逆にすべての黒幕として彼らを翻弄した人物にも見える。
そういう一筋縄ではいかない複雑な人物像を、複雑なまま描くために、井上靖は本人をほとんど登場させない。第一部は平信範、第二部は建春門院中納言、第三部は吉田経房、第四部は九条兼実が語り手となり、それぞれの視点から、後白河院をとりまく状況を綴っている。
「白いふくよかなお顔立ちで、お体も大柄でありますし、立居振る舞いも万事おっとりして、他の競争者を排して、即位遊ばすことになったお人柄のようには到底お見受けできませんでした。ただ高貴の血は争われないもので、ご装束をお着けになるとご立派であるというのが、帝のお姿を排した人みなが口にしたことでございます。畏れ多い言い方ではございますが、はっきりと申し上げると、平生は到底天子の器にはお見受けできないが、然るべき場所いお据え申し上げさえすれば、さすがに自ずから御血筋が物を言い、何をお考えになっているか判らないおっとりしたご風貌も却って威厳となって、なかなかどうして立派なものである。」(第一部、側近から見た院についての記述)
本当は後白河院は何を考えていたのか、については書かない。4人の語り手も院との関係や距離が違うから、少しずつずれた像を描く。こうすることで後白河院の得体の知れなさ、ミステリアスな人物の魅力がうまく表現されている。
保元の乱、平治の乱、源平の興亡のあたりの史実を予備知識としてもっていないと楽しめない作品なのだが、ちょうど大河ドラマが放映中なので、いまなら理解可能な読者が多そうなので、旬な一冊といえそう。
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