夢宮殿
アルバニアを代表するノーベル文学賞候補作家による反ユートピア小説。やっと文庫化された。寓意に満ちていて非常に面白かった。
19世紀のオスマントルコらしき世界で、国民の見る夢を収集する巨大な官僚機構 夢宮殿。そこは何千人ものエリート官僚が働く秘密主義の機関だった。全国から集まる膨大な数の夢の報告を<受理>は受け取り、<選別>課は重要性で分類し、<解釈>課は隠された意味を読みとる。そして夢宮殿の最高機関<親夢>は、上にあがってきた夢の中から、帝国の運命にかかわる予兆を含む「親夢」をひとつだけ選びだして、皇帝に伝える。それが戦争や平和、国家プロジェクトや政治的粛清の意思決定につながることもある重大な仕事だ。
国の名門キョプリュリュ家に生まれたマルク=アレムは縁故で夢宮殿に就職し、大臣や知事を親戚に持つ家柄の力で、順調に出世の階段を昇っていく。国家に奉仕する巨大官僚機構の恐ろしさ、滑稽さがこの小説の主題。マルク=アレムは眼の前の仕事に没頭しているうちに、夢宮殿をめぐる権力の謀略に巻き込まれていく。
セクショナリズムと秘密主義に覆われた組織の中で働く官僚たちは、自分の仕事が全体に置いてどのような役割を果たしているのかわからない、そして知るつもりもない。夢宮殿に限らず、現実世界の多くの官僚組織も同じように腐っている。無意味に情報を集め、無意味なルールで選別し、恣意的に解釈して上へあげる。為政者はそれに基づいて決定を行う。
異世界の幻想的な空気の文学作品。権力機構の不気味さな正体が霧の中から浮かび上がってくる。テーマは重いが、語り口は重苦しくなくて、ミステリー的展開で楽しめる。原語がアルバニア語なので翻訳が数少ないみたいだが、他の作品も全部読んでみたいと思わせるとても魅力的な作家だ。
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