地図になかった世界
これは大傑作。
南北戦争前のヴァージニア州マンチェスター郡で黒人奴隷のオーガスタスは一生懸命に働いて金を貯める。所有者の白人ロビンズから、自分と家族の自由を意味する解放証明書を買うために。そして家長の必死の思いが実って一家は自由の身になった。しかし、少年の頃、ロビンズに可愛がられて育ったオーガスタスの息子ヘンリーは、成長すると黒人奴隷を購入し、奴隷制を嫌う両親と激しく対立する。(黒人が黒人を奴隷として所有することができたという史実にもとづく)。
独立した青年ヘンリーは奴隷を増やし、農園経営で経済的な成功を手にするが、ある日、妻カルドニアと大勢の奴隷を残して突然に他界してしまう。残された妻も彼らを解放することはせず、古くからいる黒人奴隷のモーゼズと逢瀬を楽しむようになる。
人間が人間を所有することが公に認められている世界。白人が黒人を奴隷として所有するだけでなく黒人が黒人を奴隷として所有する。親が子供を奴隷として所有する。愛人を奴隷として所有する。所有者が別の所有者へ商品として売り飛ばす。そんなことが平然と行われていた世界で、ヘンリー周辺の数十人の黒人奴隷たちの過酷な人生を描く壮大な群像劇。
奴隷制度というのは人類史上あらゆる地域で古代から、最近まで一般的に存在していた。人が人を所有しない歴史の方が短いのだ。ここに描かれた奴隷達の境遇は人間にとって何千年間も普遍的にあったドラマなのかもしれない。そして著者は、法律と観念に縛られた不自由な人間たちの人生を、時空を俯瞰した神の視点から物語を記述する。それはまるで私たちが信じている自由や意思もまた相対的なもので、運命から逃れることはできないちっぽけな存在なのだとでもいうように。
長編だがこれといった歴史的な大事件と言うのは起きない。淡々と奴隷の日々を綴っていくだけだ。だが所有者に生殺与奪の権利を持たれている奴隷にとっては、手際が悪くて主人を怒らせたり、命令書を持たず外出して逃亡と間違われたり、などという小さな過ちが命取りになることもある。日常がずっしり重たい。
ピュリツァー賞、全米批評家協会賞、国際IMPACダブリン文学賞受賞作品。
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