さいごの色街 飛田
とても面白い。色街の風俗文化を探ったノンフィクション。
遊郭の名残をとどめる大阪の色街飛田。今でも半ば公然と売春が行われているこの場所を女性フリーライターが、10年かけて地道に取材を重ねた。原則取材拒否の街だから真正面からは入れない。最初は飛田をお客として利用した男性に話を聴いて回る。飛田の飲み屋の常連になり内部に人脈をつくる努力もする。もちろん「店」にも潜入し女の子の話も聞く。
「ほら、こうやって二重三重にライティングしているの。肉屋が赤身の牛肉をきれいに見せるのと同じ。」・・・表を向いて座っている女の子が、私のほうを振り返って、にこっと笑って会釈してくれた。」
現場取材は苦難の連続だ。「さわらんといて」「そっとしておいてほしいんや」「うるさいんじゃ」と追い返されることもよくある。それでも食い下がったり、コネをつくったりで、関係者の重たい口を開いていく。色街は闇の利権と既得権の塊でもあるのだ。
「それを書いたら、おたくはいくら儲かるの?」「おたくが、飛田を本当のところはどう思ってはるのか分からへんけど、昔はともかく、今は私らはイカンことしてるんやから、書かれては困るんや」とはじめて取材にいった飛田料理組合で幹部たちににらまれる。
だが、著者の調査によってしだいに資料や証言が集まって飛田の歴史が明らかになる。明治45年に難波新地乙部が火災で焼失して移転先として飛田が選ばれたのがはじまり。当初より政治家たちが暗躍して汚職にまみれていた場所だった。戦後の赤線廃止では、経営者たちは法の抜け道を探して業態転換し、したたかに営業を続けていく。
西成警察署へ「売春が行われていることが明らかな飛田をなぜ取り締まらないのか」と質問をしたり、関与を疑った"組"の事務所にインタビューを試みたりする。もちろん途中で何度も"怖い人"と接近遭遇している。その甲斐あって飛田の現在の風俗ビジネスの実態も明らかになっていく。
取材対象と同じくらいこの書き手が興味深い。飛田や売春に関係する者たちへの距離のとり方や評価が微妙なのだ。情報提供者との人間関係を育みつつも、つかず離れずというか、常に一定の距離を保っている。色街への批判的な記述も結構多いのだが、興味本位での探究部分も多いし、そこが本書の面白さにもなっている。
「売買春の是非を問いたいわけではなかったが、そのことについては、書き終わった今も私に解答はない。それよりも、今思うのは、飛田とその周辺に巣食う、貧困の連鎖であり、自己防衛のための差別がまかり通っていることである。」
と、あとがきに書いているが、著者の複雑な葛藤がしばしば現れる。それが結果として書き手への人間的興味を喚起させて、本書の面白みを増している。取材対象も取材した人もどちらも魅力的なコンテンツなのだ。
そういえばこの手のノンフィクションと言えばこれも面白かった。
・間道―見世物とテキヤの領域
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/08/post-1046.html
テキヤ稼業(的屋、香具師ともいう)のドキュメンタリ。
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