短くて恐ろしいフィルの時代
マッカーサー賞受賞の鬼才ジョージ・ソーンダーズによる大人の寓話。テーマは国家の独裁と虐殺と重たいのだけれど、設定がおそろしくシュールで、ユーモラスな語り口で進むので、読みやすい。
こんな風に物語は始まる。
「国が小さい、というのはよくある話だが、<内ホーナー国>の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は<内ホーナー国>を取り囲んでいる<外ホーナー国>の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならないほどだった。 外ホーナー人たちは、<一時滞在ゾーン>にこそこそ身を寄せあって立っている内ホーナー人たちを見るたびに何となく胸糞がわるくなったが、同時に、ああ外ホーナー人でよかったとしみじみ幸せをかみしめた。見ろよ、内ホーナー人の卑屈でみじめったらしくて厚かましことといったら。」
国土がものすごく小さくて、痩せてひ弱な国民が、数学の証明問題を解いている内ホーナー国。それを取り囲む大国外ホーナー国の国民たちは、大きく太っていて色つやがよく、カフェで高級なコーヒーを飲むのが楽しみ。
あるとき、外ホーナー国で革命が起きて、新しい大統領に就任したフィルは、弱小の内ホーナー国を軽蔑しており、国民がうちの領地へはみだしたと言いがかりをつけて弾圧を始める。常に外ホーナー国に言い分はあるが、強者が弱者を力で従わせる構図に正義はない。
後半で第3の国を登場させることで、2つの国の関係を相対化してみせるのも鮮やか。世界認識や価値観がまったく異なる同士では、コミュニケーションがかみあわず、相互理解は極めて難しい。現実の国際関係というのも結局はこどもの社会のいじめみたいなものかもなあと思えてくる。
内政干渉、侵略、虐殺、マスメディアの腐敗、宗教問題...。さまざまなテーマが含まれているが、それらすべてを寓話化して、相対化して、笑い飛ばしていく。真の多様性の時代に必要なのは、こういう軽やかなメタ視点なのかもしれない。
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