見て見ぬふりをする社会

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・見て見ぬふりをする社会
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見て見ぬふりが破滅を引き起こす。エンロンの経営破綻、イラクのアブグレイブ刑務所の捕虜虐待、スペースシャトルチャレンジャーの打ち上げ失敗、BP社の製油所爆発事故など、大事故、大事件の関係者は危険を知っていたが、みな見て見ぬふりをしているうちに破綻に至っている。こうしたことは最近の日本にも多い。福島原発の危険性も、オリンパスや大王製紙の不正も、当事者は見て見ぬふりをしていた。この本は、大企業の役員会や、専門家の頭脳集団が、なぜそんな状態に陥ってしまうのかの研究だ。

世界で起きた大事故、大事件の背景に見て見ぬふりがあり、その原因として権威への服従、周囲への同化、傍観者効果、遠い距離、分業、極度の疲労、頑固な信念、倫理観の崩壊などがあるとし、それぞれ典型ケースを使って説明されている。組織文化や個の資質もあるが、私たちの脳にもひとつの原因があるらしい。

脳には愛によって活性化する領域があると同時に愛によって活性が止まる領域があることがfMRIの検査でわかっているそうだ。たとえば子供や配偶者のことを考えている間は、脳の否定的な感情や社会的判断を司る領域が不活性になる。そして我々はしばしば知ることができて、知るべきである情報があるのに、知らずにいる方が心地いいから知ろうとしない。認知不協和。こうした現象の中には神経科学で検証されているものもある。

権威への服従も見て見ぬふりの大きな原因だ。ヒエラルキーと服従は自らの生命の危険が及ぶような場面でさえ見て見ぬふりを引き起こす。飛行機の墜落事故のうちの4分の1がコックピット内の「破滅的な服従」で引き起こされている。商業路線の機長があまりに高い権威を持っているために、副操縦士や乗務員が機長の判断に異を唱えることができなかったことが事故につながっていたのだ。

悪いのは裸の王様のトップだけでもない。大きな組織の中では誤りを発見しても、構成員はトラブルメーカーだと思われたくない、どうせ何を言っても変わらないと思って黙ってしまう。傍観者だらけの組織がトップの暴走を許し、そして組織の各所が互いの欠点や悪い所を同化させていく。

「人は同じような考えの者同士で固まっていたいという本能があるせいで、違う種類の人々や価値観や経験に触れることが少なくなる。ゆっくりと、しかし確実に、自分の知っていることだけに集中し、他のすべてが見えなくなっていく。現代は以前より選択肢自体は増えたのに、狭い好みを守るようになった。」

多様性、透明性のインターネット空間だって同じだ。結局のところ人間の習性で情報交換のコミュニティには似た者同士が集まる。異なる価値観で異議を唱えるのは勇気がいるし、下手をすると排斥されてしまう。検索で異論を発見できる、容易にエビデンスをリンクで示せる、というところは希望かもしれないが。

見て見ぬふりを生みだす私たち自身の脳や集団の持つ性質を深く理解することが、見て見ぬふりを防ぐのに大切なのだと本書は教えている。

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このページは、daiyaが2012年1月15日 23:59に書いたブログ記事です。

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