姑獲鳥の夏
京極夏彦のデビュー作。京極堂シリーズはここから始まった。
雑司ヶ谷の古い産院の娘が20か月も妊娠したままでいるという。そして夫は自宅の密室で謎の失踪を遂げている。事件の解決を依頼された主人公らが、病院に巣食う魑魅魍魎と対決する推理ミステリの傑作。
「仮想現実と現実の区別は自分では絶対につけられないんだよ、関口くん」
冒頭で主人公の関口と、その友人で古本屋を経営する陰陽師 京極堂の小難しい哲学問答が延々と100ページも続く。なかなか事件の話にならないのだが、この問答が心脳問題に深く踏み込んでいて、小説の一部だということを忘れて読みふけるほど読み応えがある。
「つまり人間の内に開かれた世界と、この外の世界だ。外の世界は自然界の物理法則に完全に従っている。内の世界はそれをまったく無視している。人間は生きて行くためにこの二つを巧く添い遂げさせなくちゃあならない。生きている限り、目や耳、手や足、その他身体中から外の情報は滅多矢鱈に入って来る。これを交通整理するのが脳の役割だ。脳は整理した情報を解り易く取り纏めて心の側に進呈する。一方、内の方でいろいろ起きていて、これはこれで処理しなくちゃならないのだが、どうにも理屈の通じない世界だから手に負えない。そこでこれも脳に委託して処理して貰う。脳の方は釈然としないが、何といっても心は主筋に当たる訳で、いうことを聞かぬ訳にいかない。この脳と心の交易の場がつまり意識だ。」
こういう議論が好きな人で、怪奇ミステリが好きな人にはたまらない600ページの超長編だ。最初の100ページ読んでみて好きなら最後まで読んで間違いない。逆にぴんとこない人はそこで止めるのが正解。
文士の関口、古本屋の京極堂、探偵の榎木津らが奇怪な事件の複雑な全容を解明していく。3人とも主役を張れるくらいキャラが立っていて、その後のシリーズ化は既定路線だったのかもしれないなあと思った第一作。
・化けものつづら―荒井良の妖怪張り子
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/09/post-630.html
京極夏彦の表紙と言えばこの作家。
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