すべて真夜中の恋人たち
人づきあいが苦手な校閲者の女性が主役の恋愛小説。
校閲というのは他人が書いた文章から間違いを発見する地味な仕事。校閲者は読むだけであり、自分の言葉で語ることは決してない役割。孤独な主人公の冬子は暇つぶしにカルチャーセンターへ出かけ、そこで初老の教師三束と出会い、自分の仕事をこう説明する。
「はい。つまり、...どんな場合であっても、その文章にのめりこんだり入りこんだりすることは、校閲者には禁じられているんです。」
「...なので、わたしたちは物語をどれだけ読まずに...、もちろん校閲ですから、あらすじや前後関係や時系列なんかは徹底して読まなくちゃいけないんですけど、とにかく、感情のようなものはいっさい動かさないようにして、...ただ、そこに隠れてある間違いを探すことだけに、集中しなくちゃいけないんです。」
冬子は三束が異性として気になるが、彼は教師らしく紳士的な態度を崩さない。指一本触れずにときどき会って喫茶店で上品な会話をするだけの二人。表面上は何も起きないが、抑制された感情の水面下で、少しずつ芽生えていくプラトニックな恋愛感情を、静かに淡々と描く。展開が速い恋愛小説が多い中で、とてもスローなのが逆に新鮮に感じる。
ただでさえ他人との距離の取り方がわからない主人公が、年の差のある異性との関係に、不器用にふるまう様子は、誰にもある初恋の頃を思い出させる。
不思議な文体で話題になった芥川賞受賞作『乳と卵』、壮絶ないじめを描いた『ヘヴン』、そして純粋な恋愛小説の『すべて真夜中の恋人たち』。川上 未映子の引き出しの多さにおどろき。
・乳と卵
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/post-1552.html
・ヘヴン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/12/post-1132.html
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