乳と卵
2008年に新たな言語感覚で話題になった川上 未映子の芥川受賞作。今頃ですが文庫で。
東京に棲むひとりぐらしのわたしのところへ大阪から姉の巻子とその娘の緑子がたずねてくる。もうすぐ40歳の巻子は、ホステスをしながら母子家庭の生計をたてているが、この夏、豊胸手術がしたくて上京してきた。久々に会う緑子は言葉を話さず、親と筆談でコミュニケーションをしている。親子関係はうまくいっていないらしい。
「卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのか、っていうのは、精子、という言葉にあわせて子、をつけてるだけなのです。図書室には何回か行ったけど本を借りるためになんかややこしくってだいたい本が少ないしせまいし暗いし何の本を読んでるのんか、人がきたらのぞかられうしそういうのは厭なので、最近は帰りしにちゃんとした図書館に行くようにしてる。パソコンも好きにみれるし、それに学校はしんどい。あほらしい。いろんなことが。」
一文が数ページも続く文章。最初は読みにくいのでは?と思ったが、独特のリズムを持っていて、慣れてくるとユーモラスで親しみやすく感じた。標準語の"わたし"の地の文と巻子の関西弁の会話、言葉を話すことができない緑子の、幼くて少し情緒不安定な手紙の文体。標準語×関西弁×こどもの内面の不思議語のリミックス文体がこの作品の魅力。朗読作品にしても面白そう。
併録された『あなたたちの恋愛は瀕死』は都会で疲れた女と、ティッシュ配りの男の不可能な関係性を描く滑稽な短編。人間がいっぱいいるのに、関係性が希薄な都会の雑踏では、一方的な思い込みで、話したこともない相手に対して、恋愛感情とか敵対感情とかを持ってしまう。つながりまくりの時代には、逆につながらないことがドラマになる。
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