真贋
吉本隆明の論考集。文学、批評、戦争、生き方、才能、日本。わかりやすく、話し言葉風に語っているので、読みやすいのだが、10ページおきくらいに、さらっと深いことが書いてあって気が抜けない本である。この思想家は老いてからのほうが、一般読者にとって魅力を増していると思う。
いくつか私が感銘したポイントを文学論中心に抜き出してみる。
■俺だけにしかわからない価値
「文句なしにいい作品というのは、そこに表現されている心の動きや人間関係というのが、俺だけにしかわからない、と読者に思わせる作品です。この人の書く、こういうことは俺だけにしかわからない、と思わせたら、それは第一級の作家だと思います。とてもシンプルな見分け方と言ってよいでしょう。」
読者に「俺と作者にしかわからない」と思わせる作家は超一流で、「俺たちの世代にしかわからない」レベルがそれに次ぐ一流で、それ以外は全部普通の作家であるという。吉本隆明の文学批評の評価軸が鮮明にわかる。
■文学の有効性
「結局、初めは自分を慰めるだけのための密かに書いたものが、何となくいつの間にか人の目に触れるようになって、固定の読者も増えていく、そうして、その固定の読者にとってもまた、作品がその人を慰めるために役立つというのが、文学の本質的な有効性ではないでしょうか。」
文学の価値とは、自分の慰めが他者の慰めになるということ。それ以上でもそれ以下でもない。エンタテイメントの基本ともいえる定義だ。まず自分が楽しい表現の営為に始まる。最初から大衆に迎合して表現するようなのは二流、三流だということでもある。
■本の毒
「小説によっては、犯罪や人間失格的なものに価値を見出す内容のものもあります。それを読んで心を動かされることはあり得るでしょう。そして、現実世界でも人間失格的なものを目指そうとする。これを、毒がまわったととるか、人間として高度になったと解釈するか、人によって意見は分かれるかもしれません。ただ、どちらにしても確実なのは、何かに熱中するということは、そのことの毒も必ず受けるということです。」
だから文学を読めば感性が豊かになるとばかり考えていると間違うぞという。豊かにもなろうが毒も回るから、毒とのつきあいかたも覚えておかないと死ぬぞと脅す。昔は自分の思想を読んで運動に身を投じて死んだ若者がいたわけだし、三島由紀夫も自らの毒がまわって死んだんだと、時代を背負っていた思想家の迫力の論が続く。文学や思想のもつ毒の役割を強調する。善悪二元論で割り切るな、と。
人間の生き方は思春期の頃の母親との関係性で大方決まってしまうとか、明るい社会は滅びに向かう特徴で世相は暗いくらいがいいとか、三島みたいに人工的なのは無理があるとか、吉本孝明の、ちょっと偏った気がしないでもないが、歯に衣着せぬストレートな物言いが心地いい。
昭和の思想の深さを見直す文庫本としては
・人間の建設
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/05/post-1222.html
もよかったなあ。
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