ニッポンの書評
「文学賞メッタ斬り」で有名な書評王 豊崎由美氏の書評論。面白かった。
本についてコメントする立場の人、必読。「トヨザキ流書評の書き方」も付箋の使い方まで書いてあって実践的。
豊崎氏は「粗筋+評価」だけの書評をプロの芸がない「ガター&スタンプ」として批判してきた。書評界ではそれなりに影響力を持つ意見だったが(私も自戒にしてきた)、ここにきて心境の変化があったようで、方針転換を宣言する。
「つまり極端な話、粗筋と引用だけで成立していて、自分の読解をまったく書かない原稿があったとしても、その内容と方法と文章が見事でありさえすれば立派な書評だと今のわたしは考えているのです。」
そして新ルール。
1 自分の知識や頭の良さをひけらかすために、対象書籍を利用するような「オレ様」書評は品性下劣
2 贈与としての書評は読者の信頼を失うので自殺行為
3 書評は読者に向かって書かれなければならない
(2は作家や出版社とのつきあいで書く内輪褒め、提灯書評のこと。)
具体的には、私が共感したところを3つ、引用+コメントさせていただくと、
・ネタバレはやめろ論
「作者が読者のために仕掛けたストーリー上の驚きを、読者の注意を喚起するような書き方ならいざしらず、"オレはこの仕掛けに気づいたぜ"と手柄を誇示するがごとく明かすのはよくない。書評においては、読者から本を読む愉しみをほんのわずかでも奪うことがあってはならない」
小説の書評はネタバレを起こさずに注意を喚起することが本当に難しい。仕掛けが巧妙な本ほど、一番面白くて、要点である事柄を書けないのだ。私もよく迷う。「見事なドンデン返し」「巧妙な伏線」「大団円」と書いたら、読者の驚きを奪うことになりかねない。しかし何も書かなければ本を手に取らせることができない。書評とは必然的にトレードオフの宿命を持つ。書くことで奪うものより与えられるものが多い書き方を考えるのが書評家の仕事なのだなと再認識。
・知識ひけらかしをやめろ論
「わたしは自分で書評を書く時、それが牽強付会になっていないかどうか、なるたけ第三者の目となってチェックするようにしています。「いろんな本を読んでいるんだぞ」自慢のように読めないかどうかもチェックしています。援用は諸刃の剣です。やりかたによっては書評の対象となっている作品をより面白そうに見せもしますが、ただのオレオレ自慢に堕してしまったり、ひどい時は期せずして対象作品を貶めることにもなりかねないのです。」
これは新聞書評でさえ陥っている問題。自己顕示欲が弱いライターというのはいないわけで、ひけらかしのいやらしさもまた宿命である。ま、しかし、俺様文体が持ち味の人(豊崎氏とか...)、博覧強記が売りの人(松岡正剛氏とか...)はそれはそれでよいのではないかと思ったりもする。それこそ「その内容と方法と文章が見事でありさえすれば立派な書評」ってことではないだろうか。
・本の背景を書け
「つまり、プロの書評には「背景」があるということです。本を読むたびに蓄積してきた知識や語彙や物語のパターン認識、個々の本が持っているさまざまな要素を他の本の要素と関連づけ、いわば本の星座のようなものを作り上げる力、それがあるかないかが、書評と感想文の差を決定づける。」
書評がなかったら一生読まなかったであろう本を、読者の手に取らせて読ませることが、書評家のワザだと私は思っているのだが、そのための方法論として、背景の上にその本の意味と価値を浮かび上がらせることがあると思っている。読者が知らない分野の本を、書評家が「すごい本」と褒めて手に取らせるとがっかりさせてしまうことがあるが、ちゃんと背景情報を与えてから手に取らせれば、本の価値を理解してもらえることが多い。適切な背景提示は重要、だから書評家にとって多読は前提になると思う。
このほかアマゾンの悪意あるレビューをめぐる考察、新聞書評の採点、『1Q84』書評読み比べ、日本と海外の書評の違い、メディア史研究者 大沢聡氏との書評問題の対談など、内容はもりだくさん。
怖いものなしのメッタ斬り書評家も実は日々悩みながら書いているのだなあ、ナイーブに苦悩する姿自体がネタになっているのもプロだなあ、書評ブログに対してはちょっと厳しめのコメント(返り血を浴びる覚悟はあるか)は自分に言われている気もするなあと、啓発されるところいっぱいのお得な新書だった。
・勝てる読書 (14歳の世渡り術)
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/-14-1.html
・正直書評。 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/11/post-872.html
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