龍秘御天歌
北九州は黒川藩、龍窯で知られる辛島家の頭領十兵衛が死んだ。
妻の百婆(70)は、葬式の準備に集まった一族郎党を前に静かに言った。
「みんな聞いてくれ。いろいろおれは考えたが、この度の張成徹の葬式はクニの弔いでやろうと思う」
辛島十兵衛には、張成徹、百婆には朴貞玉という本当の名前があった。この村の多くの人間が、豊臣秀吉の文禄・慶長の朝鮮出兵で強制連行された朝鮮人陶工であった。
朝鮮式の葬式は「哀号!哀号!」と女たちが大声で泣き、親を先に亡くした喪主の息子は乞食のような服を着て葬式に坐る。
当時の日本で朝鮮式を決行するということはご法度だった。生前は窯の功労で名字帯刀まで許された十兵衛の葬儀には、代官所から弔問が来る。日本人の目には異様に映る朝鮮式の葬儀決行が役所に発覚すればただ事では済まない。だが、百婆の朝鮮人としての考え方では、日本式の火葬は魂を永遠に失うことであり、絶対に避けなければならないことであった。
日本で生きていくことを決めて、着実に築いてきた信頼を失うことを恐れる村人たちの心の葛藤。百婆たち朝鮮式の決行派は、あの手この手を使って、日本人にみつからないように、表向きは日本式で、本当は朝鮮式という裏をかく作戦で、クニの弔いを実現しようと企むが...。
どんなことがあっても魂までは渡さない。ゴッドマザー百婆たちの心の抵抗は、現代社会のしらがみに生きる読者にとっても、強く生きる勇気を与えてくれる傑作小説。抵抗の文学。
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