新文章讀本
川端康成が大正から昭和初期にかけて書いた文芸時評と文章論をまとめた本だから「新」とついているけれども古典である。当時川端が高く評価していた「現代」作家の徳田秋声、泉鏡花、葛西善蔵、志賀直哉、横光利一、谷崎潤一郎、佐藤春夫、里見弴らの文章が引用されて、良い文章とはこうあるべきという要点が語られる。
「俗に芸術的文章と実用的文章と二つに区別がありようにいわれるが、これは果たして如何であろうか。結論を先にいえば、私はその差別を認めぬ。先ののべたように、文章とは、感動の発する儘に、自己の思うことを素直に簡潔に解り易くのべたものを良しとする。古来文章の規範として「華を去り実に就く」といわれたのも、このところであろうか。」
「私は芸術的文章の秘密はわからないので、わかりやすい実用文のコツを述べます」なんて言い訳で始まる文章指南書も多いのだが、さすがノーベル文学賞はそんなことはいわないのである。わかりやすくて、感動させる文章がベスト、そりゃそうだ。
概して川端がよしとするのは、耳で聞いて解る文章であり、文語の型を破る口語的な文体である。説明的と表現的という表現法の違いや、センテンスの長短による効果の違い、自然描写系と人物描写系の作家の違いなどを具体例を引用して読者に鑑賞させてから、持論を展開する。新しい文章の創造への試みを肯定的に評価する傾向が強い。
収録されている「文章学講話」には川端が講義するレトリックへの強いこだわりがみられる。修辞学の歴史を古代ギリシアから近代までを振り返り、日本の修辞学の未発達を嘆く。創作家と鑑賞家の間の心理活動に、修辞学的技巧が与える影響を調べたいという情熱を燃やしている。
修辞学の技巧論ということもあるのだけれど、まえがきに、この川端の「耳で聞いて解る」文章へのこだわりのヒントらしきものが書かれている、と思った。
「少年時代、私は「源氏物語」や「枕草子」を読んだことがある。手あたり次第に、なんでも読んだのである。勿論、意味は分かりはしなかった。ただ、言葉の響や文章の韻を読んでいたのである。 それらの音読が私を少年の甘い哀愁に誘いこんでくれたのだった。つまり意味のない歌を歌っていたようなものだった。 しかし今思ってみると、そのことは私の文章に最も多く影響しているらしい。その少年の日の歌の調は、今も尚、ものを書く時の私の心に聞こえて来る。私はその歌声にそむことは出来ない......。」
「少年時代」に「手あたり次第」で体得した「歌声」が「聞こえてくる」。これがたぶん川端の才能の秘密なのだろう。名文のリズムを自分の呼吸に取り込むということが、名文を書く土台を作っているのではなかろうか。読み手の心理を知りぬいていればこそ、よい書き手になれるというこの本の主張にも近い気がする。
文章をめぐる探究のことばも多数引用されている。
「人間は、言葉でほか、自分の心が表わせない。その言葉が信じられない時。───昔の女の人は死にました。」とある女が云った。ゲエテは「言葉が何時も抵抗する」と云っている。ストリンドベルヒは「夢幻劇」で詩人に、「塵の子に、天に達し得る程純潔なる言葉が見出し得るものだろうか───? 神の子よ?。」と云わせている。イタリイの情熱的な美学者クロオチエなぞは「心象即表現即芸術」と云った。」
この本は一言で言うと、上の文の最後にでてきた「心象即表現即芸術」を目指す本である。
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