癒しとイヤラシ エロスの文化人類学
「各々の時代や文化で、男らしさや女らしさについての支配的な考え方、性的指向についての理念が存在し、その中で生きている私たちは自分たちの性的実践を自然なものとみなし、支配的な理念にも従おうとします。性は私的なものとはいえ、自由に変えられるわけではないのです。」
この本のいうイヤラシとは性産業のつくりだすポルノグラフィー表現のことである。自他の融合がエロスであり、それを否定するのが反エロスという立場だとすると、現代のイヤラシには両方が含まれている。「快楽を与える者と与えられる者、すなわち能動と受動との関係が固定していて、与えられる側の能動性が発揮できないような状況が反エロスなのです」と著者は言う。
この本はイヤラシの中にエロスを探究しようとする試みである。戦後米兵を相手にしていた売春婦の時代から現代のAV女優まで、それらを扱った書物や映像作品を分析して、エロス・反エロスについての記述がどう変遷してきたか、を検証する。
イヤラシは基本的に男性の視点でつくられてきた。
1 男性の身勝手な排泄としての射精を前提とする「排泄-支配系言説」
2 相手の女性にどれだけの快楽を与えられるかという「快楽-支配系言説」
の2つの系統の言説があるとされる。
アダルトビデオなどはしばしば1の指向で撮られるが、女性にもてるためのマニュアル本は2を指向する。著者はこうしたイヤラシにおいては、女性には自立的な性の快楽の追求がなく、男性には受動的な性の可能性がとざされてしまっている(支配的言説からの解放を通じたエロスの充足の可能性を見る)と指摘する。
この本は有名な性風俗に関するルポタージュ書物、医学書、代々木忠監督のアダルトビデオ作品、シアトルにおける「女体盛り論争」、モダン・プリミティブなど、性に関する幅広い資料を分析している。学者が書いたにしては、きわどい単語が連発である。
現代においてメディアがその時代の男らしさ、女らしさを規定していることがよくわかる内容だった。私たちは学校で一応の性教育なるものを教わるけれども、その後の性の実践に置いて、それがどれほど役立っているかと言ったら、大変疑問である。多くはイヤラシ系メディアとその周辺の言説を頼りに、性関係へ踏み出しているのが現実だ。イヤラシを否定的にとらえるだけでなく、性という「異文化世界」への入り口として、改めて見直してみることができる面白い本だった。
・裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心
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