KAGEROU
とりあえず水嶋ヒロって凄いなあ、小説も書けちゃうんだなあ、という読み方が正しい楽しみ方だと思う。
「『KAGEROU』――儚く不確かなもの。
廃墟と化したデパートの屋上遊園地のフェンス。
「かげろう」のような己の人生を閉じようとする、絶望を抱えた男。
そこに突如現れた不気味に冷笑する黒服の男。
命の十字路で二人は、ある契約を交わす。
肉体と魂を分かつものとは何か? 人を人たらしめているものは何か?
深い苦悩を抱え、主人公は終末の場所へと向かう。
そこで、彼は一つの儚き「命」と出逢い、
かつて抱いたことのない愛することの切なさを知る。
水嶋ヒロの処女作、
哀切かつ峻烈な「命」の物語。 」
同時代的なキーワードと問題意識を盛り込んで軽やかな文体。アタマのよさを感じる。
タレントが書いた処女作としてはまずまずなのだけれども、賞金2000万円の文学賞の大賞としては物足りない印象。心理描写が浅くて、主人公である自殺志願40歳男の、複雑で暗いはずの心のうちが見えてこない。ストーリーも詰めが甘い。やりたかったのは筒井康隆的なウィットに富んだショートショートなのだろうと思う。著者の構想や筆力に対して尺が長すぎたのかもしれない。ミステリアスな序盤は期待させたが後半で緊張感を失ってしまった気がする。
テーマの類似性ではカズオイシグロの大作『わたしを離さないで』が思い浮かぶ。だが、作品の雰囲気は対照的だ。KAGEROUは、それと同じ生命倫理という重いテーマなのに、ライトノベル的ケータイ小説的に軽い文体で語られる。そこで好き嫌いがわかれて一部で酷評につながっている。
でも重たければいいというものでもないだろう。軽いということは、読みやすい、わかりやすいということでもある。現代の書籍市場では大切な要素だ。カズオイシグロの何十倍もKAGEROUが売れる。数字的には2週間で百万部を突破した。ふだん小説を読まない読者に小説を読ませた。ポプラ文学賞は"エンタテイメント小説"の賞である。結果的にはこれを選んで大成功だったといえるのではないか(選考委員会が本当に水嶋ヒロだと知らなかったのか疑惑は残るが...)。
単体で評価するとまずまずの作品だが、有名なタレントが書いたという話題性で、本を買って読み、家族や仲間と、ああだこうだ感想を言いあって、読書体験全体ではかなり楽しめた。
次回作の書きおろしに期待したい作家だ。これ一作だけだと才能がよくわからない。好意的にみると、KAGEROUは応募に間に合わせるために焦って書いたのじゃないかと思える雑な部分がある。後半で失速しなかったらかなり高得点の作品になっていた可能性も感じる。他にどんなテーマを抱えているのかも知りたい。
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