羆嵐
吉村昭作、新潮文庫。新刊でもなんでもないが、店頭で表紙買いした。大当たり。
黒地に白で浮かび上がる人食い羆(ヒグマ)の顔。どう見ても凶暴極悪系である。舞台は大正時代の北海道の開拓地。酷寒の暗闇の中で、こんな凶暴な羆に自宅に押し入られ、家族が骨をかじられる音を聞きながら、なすすべもなく絶望に震えるしかない村人たちの恐怖。史上最悪と言われた羆の襲撃事件をベースにしたドキュメンタリである。
冬眠の穴をみつけられなかった羆は村に降りてきて容赦なく村人に襲いかかる。一度女体の味を覚えた羆は女ばかりを食い散らす。原形をとどめない遺体に村人たちは震え上がる。武器もなく非力な村人は追い払うことさえできない。次々に犠牲者が増えていく。圧倒的な力を前にしたときの恐怖と無力感を、これでもかとばかりに味あわされる小説だ。
やがて到着する警察や隣村からの応援も所詮は素人集団であり、圧倒的な力をもつ羆の前には役に立たずに烏合の衆ぶりを露呈する。組織の無能という点では新田次郎の「八甲田山死の彷徨」と似た学びがある本だ。リーダーシップの失敗が描かれる。
ああ、どうなちゃうんだこりゃという中盤までから、後半は一転してドラマチックな展開で読ませる。救世主の登場。本当にこんな人がいたのですかね。いやいたのでしょうね。実はこれはハードボイルド小説として読んでもいいのかもしれない。まさに事実は小説よりも奇なり。
抜群に面白い中編小説。
・高熱隧道
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-678.html
吉村昭のドキュメンタリと言えばこれもすごい。
・デンデラ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/10/post-1095.html
熊の襲撃の現代の傑作と言えばこれ。
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