著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」
電子書籍ブームによって、またにわかに著作権ブームである。
この本は、まとまっていて、現状をアップデートしたいIT業界人にもおすすめ。
昔、仕事でテレビの番組情報をWeb上で扱う仕事をしていたとき、その業界のルールに戸惑った。テレビ番組表、番組内容、出演者情報、それに関するクチコミなどテレビ関係の情報というのは、Webで扱うに際して権利関係が明確でないものが結構あった。専門家に聞いても、あなた方がやりたいことは法的には大丈夫なはずだが現実ではケースバイケースだと言われた。つまり、法的権利というより業界の慣習や力関係で、情報をどう扱うべきか決まっているように感じた。
「著作権の適用範囲をめぐって、補償金や保護期間延長といった激論がつづく一方で、法律の外に疑似著作権と呼ぶべき情報の囲い込みが数多く生まれています。そのなかには、もっともな理由のあるものもありますが、いわば「言ったもの勝ち」「権利のようにふるまったもの勝ち」と呼べる例も少なくありません。」
というような意見がこの本にも書かれている。理論的には著作権ではないが、社会では事実上、著作権に近いような扱いを受けているものとしては、肖像権、パブリシティ権、報道の中での商標や芸能人の名前などが挙げられている。本当は権利がないのに疑似著作権として主張されている領域が、実際問題、結構あるわけだ。
日本版"フェアユース"でコンテンツがもっと自由に使えるようになるという話も多いが、著者は現実的に、
「もっとも、仮にフェアユース規定が導入されても、できるのはかなり限定された利用にとどまるでしょう。アメリカでも条件はそれなりに厳しく、1 非商業的・教育目的か、などの「利用目的」、2 「利用される作品の性質」、3 利用された部分の「質と量」といった条件に並んで、4 その利用がオリジナル作品に経済的損失を与えないか、が重視されます。フェアユース規定で何でも可能になるような論調を時折見かけますが、それは誤りです。」
と書いている。
グレー領域の明確化はされていくべきだが、現在の多次的創作の扱いのように、「微妙に関係者の価値観やビジネス上の事情が反映され、バランスがはかれれているケース」は、「やわらかい法律」としての運用を残すのもひとつのやり方だと著者は書いている。
結局、世の中全体の考え方が変わらないといけないのだと思う。著作権とは何かを、普通の人含めて社会全体でもっと理解する必要がある。著作権制度は既得権者の利益を守るよりも、将来の社会全体の利益を最大化に向かう方向で、変わっていくべきだと思う。具体的には独占的な構造を崩したり、創作の主な主体である個人の価値創造が、フィードバックを受けて加速するように、お金を巡らせるべきだ。
著作権ブームは議論のいい機会になる。
・REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/04/remix.html
・著作権とは何か―文化と創造のゆくえ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/05/post-237.html
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