ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう
「たくさんの脳が集まっているというのは、そのシーンを想像すると何となくグロテスクです。しかし、わたしたちは誰でも一つずつ脳を持っていますから、もし脳がどこにあるかという空間分布だけを図にしてみるなら、東京都だけで、およそ1300万個の脳が東京都内を行ったり来たりしていることになります。さらに、もしみなさんが、いまこの瞬間、通勤電車の中ですし詰めになっているなら、手の届く範囲に少なくとも10個以上の脳がプカプカ存在していることになります。」
ソーシャルブレインズ(社会脳)とは社会に組み込まれた状態の脳の研究である。人間が一番頭を使うのは、従来の脳科学が研究しているような単純な対象の認知ではなくて、空気を読むとか、協調する、対立するという社会関係における認知だ。ソーシャルブレインズこそ脳の本質的なはたらきであるともいえる。
認知コストの押しつけあいのしくみが社会的駆け引きの原理であるという著者の見方が面白い。何かを考える、行動規範を変えるというのは、脳に負担がかかる。だから、上司や強者は、部下や弱者に問題解決の認知コストを払わせる。人間にはもともと自分の認知コストをできるだけ少なくすまそうとする圧力があるようだ。
敷衍すると認知コストが低い状態が幸福という見方ができる。
社会ルールは社会全体の認知コストを減らす。その問題についていちいち考えなくてよくなるからだ。「人が人に与える、母子関係に源を持つような無条件な存在肯定」=リスペクトも、相互の信頼によって認知コストを減らす効果を持つと著者は考える。リスペクトを持ってくれている相手は、自分の利益を気にかけてくれているので、考えるべき変数が少なくなるからだ。
ソーシャルブレインズとは、「母子間コミュニケーションをコアとし、発達の過程でそれを拡張した機能」ではないかと本書は主張する。認知コストがほぼゼロだった赤ん坊時代から、少しずつリスペクトを前提としない相手への対応を学んでいく。社会脳の振る舞いというのはその人の生き方といってもいいのかもしれない。
社会学と脳科学の融合領域に何かありそうだと教えてくれる新書。
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