グノーシス主義の思想―"父"というフィクション
若手研究者による意欲的なグノーシス主義研究書。
2世紀頃のキリスト教異端の一派であるグノーシス主義という思想は、反権威、反伝統の知のかたちとして、しばしば20世紀の思想家によって語られた。おかげで現代のSFやアニメにも広く影響を与えている。最近では、ファイナルファンタジー13は明らかにグノーシス主義の影響を受けている。"悪い創造主"が出てきたらまずグノーシスを疑えである。
グノーシス主義は二重構造が特徴だ。みんなが神様と崇めているのは偽物の劣った神(造物主)であり、本当の至高神は天界の最上部にいる。人間は至高神の性質を受け継いでいるので、やがて叡智とともに神のもとへ帰昇することができると信じた。現体制は偽物で、本物はきっとどこかにあるんだという反権威主義的な発想である。
グノーシスの神話は筋立ても含意もかなり難解であり、こうした研究書を通して、読み解くしかないのだが、本書は「グノーシス主義は、プラトン主義的形而上学、ストア主義的自然学、混淆主義的変身譚を内部に取り込み、それらの要素を縦横に紡ぐことによって物語を構築しながら、同時に、それらすべてに反逆するという「離れ業」をやってのけた」と3つの要素の関係性でグノーシスを解釈していく。この分野では若手の一冊目だそうだが先行研究に対する批判も含む挑戦的な内容。
著者はグノーシス主義に登場する鏡のモチーフに対して、精神分析の理論でアプローチする。そもそもグノーシスとは認識という意味であり、私とは何かという自己認識の問いをを突き詰めていく鏡の思想だ。その鏡の認識と、古代末期の父なる存在の動揺と喪失という時代精神を結び付ける。
「グノーシス主義の思想が示しているのは、自分自身を知るということが、実に終わりのない変転の過程である、ということにあると思われる。鏡を見ることによって自分自身を知ることは、知的な自己同一性を獲得させるものであるとともに、見られる自己の発見、感性的主体の発見、性的主体の発見と同義であり、主体は自己を知ることによって、逆説的にも他者の欲望のネットワークへと常に譲り渡されていく。その過程で「わたしとは何か」という問いに最終的な答えが与えられることはない。また同時に、他者との関わりが完全に安定したものになるということもない。」
グノーシス主義とは何か。この本は同時代の他の宗教や思想との関係性を丁寧に説明していて、その文化的な位置づけの理解を深めることができた。他の研究に対する意見表明もある所からも、グノーシスについて"かじったことはある"レベルの読者を対象にしているようだ。情報量は多い。次の2冊とともにグノーシス一般向け文献としておすすめ。
・グノーシス―古代キリスト教の"異端思想"
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/12/post-325.html
まず一冊目はこれがいいと思う。基本を教えてくれる。
・グノーシスと古代宇宙論
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/04/post-557.html
グノーシスは同時代の宇宙論から理解すると腑に落ちる。
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