巡礼
橋本治の小説。
「自分のしていることが無意味でもあるのかもしれないということを、どこかで忠市は理解していた。しかし、その理解を認めてしまったら、一切が瓦解してしまう。遠い以前から、自分の存在は無意味になっていて、無意味になっている自分が必死になって足掻いている─その足掻きを誰からも助けてもらえない。絶望とはただ、誰ともつながらず、誰からも助けられず、ただ独りで無意味の中に足掻く、その苦しさ。」
近隣住民との対話を頑なに拒否するゴミ屋敷の主人の屈折した半生をたどる。
テレビのワイドショーを見ていると、この作品の登場人物のようなゴミ屋敷の老人や、騒音をまき散らすおばさんがテーマになっていることがある。レポーターは本人を追い回すが、ほとんどの場合、意味不明なコメントしか取れない。テレビ的にはそれでいいみたいだ。その奇行に込み入った事情があるより、話が通じず、怒鳴り散らす老人というのが困った問題を象徴していて、絵的にはわかりやすいから。
この作品、戦後を生真面目に生きてきた男のなれの果てがゴミ屋敷の主という、やりきれない話なのだが、テレビと違って、そこには深い事情があるのだということがわかって、すっきりとする。おそらく現実のゴミ屋敷の一つ一つにだって、相当に深いドラマがあるのだろう。それをわかりやすさ追究のテレビ映像では表現できないだけなのだ。
大多数の人間にとっては高度成長と繁栄の時代だった昭和をうまく生きられなかった男の哀しい精神史。興味本位で読ませる出だしと、悲喜こもごもの男の半世紀、しみじみとして泣かせるラスト。とてもよく構成された上質な小説。いいものを読んだ。
ところで一軒家の持ち家を維持できた昭和の狂人は恵まれていたよなあと思う。平成のゴミ屋敷はバーチャルかもしれませんね。私も老後にゴミブログにならないように気をつけよう...。
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