図説「愛」の歴史
鑑賞に値する美しいビジュアルブック。『21世紀の歴史』を書いたフランス政府顧問のジャックアタリが、38億年前の単細胞生物の生殖から未来の複雑な男女関係まで、愛を視点に地球史を展望した。愛や結婚をモチーフにした美術作品や写真など合計200点を超えるカラー資料をまじえた豪華絢爛な絵巻。
今から8000年くらい前、富が集中した中国や中東で人間の寿命は30歳を超えた。男が生殖における自身の役割、すなわち精子の役割に気がついたのが、この頃だったとされる。それまでの人類はどうやら性交と生殖の具体的な仕組みを知らなかったらしい。だからカップルの関係は長く続かず、子供も両親と長く一緒には暮らさなかった。
寿命が延びたことで、男女は長期的な愛の関係を育むようになったのである。愛のかたちはそこからぐっと多様化、複雑化する。ギリシア人は愛をエロス、フィリア、アガペーの3つの形に区別した。ローマ人は結婚の形式を調停結婚、自発的結婚、ファール共祭式結婚、略奪の4つに分けていた。
愛もまた時代に翻弄される。アラビアやインド、古代ギリシア・ラテンの慣習の影響を受けた十字軍兵士たちの帰還がヨーロッパにエロティシズムと愛をもたらし、人口の3分の1を奪ったペストの惨禍によって人間の価値、愛の価値は高まった。
西欧ではキリスト教が、教会の監視の下で官能性を拒否し、生涯一人の配偶者を愛する一夫一婦制を広く普及させた。その影響下に今の私たち日本人はある。だがそれを当り前と思うなというのが本書の主旨である。アタリは実在する多くの愛の形のバリエーションの提示によって、現代の私たちの持つ愛のイメージを徹底的に相対化する。
キリスト教は愛に宗教的表現を与え、一夫一婦制にもとづく愛を制度化した。だが、このタイプの生殖と欲望と愛の関係は、人類史からみたらほんのわずかな時期の、一部の人たちの習慣にすぎないという。もっと自由な愛の形のバリエーション(生殖と欲望と愛の分離)があったし、今後も起きるはずだ、と。
そしてアタリの愛の未来をこう予想する。
「遠い将来には、根源に帰るかのように、新たな形の人間関係が生まれることが予想される。その関係は欲望の即時の満足を基礎にしたものであり、またしだいに繁殖という関心事から解放されていくものである。関係の起源を両者の間で前もって決めておく一時契約の結婚。それぞれが隠すことなく同時に複数の恋愛パートナーをもちうる多恋愛(Polyamour)。それぞれが同時に公然と複数の家族に属する多家族(Polyfamile)。それぞれがさまざまな性行動をとる集団内で、複数のメンバーに操をたてる多貞節(Polyfidelite)。子どもたちは両親がかわるがわる世話をしにくる安定した場で育つことになるだろう。」
ネットワーキングならぬネットラビングとでも呼ぶべき関係の登場と合法化が進むというのがだが、そして最も有望な関係性とは、なんと三者関係なのである。大統領顧問が三者関係推奨なのである、本当か?!
「ネットラビングの中でももっとも安定的で特別な形は、同性または異性の3人の人間が、ある場合には所帯をもって、同じ家で暮らし、全員または2人ずつ性的関係をもつような関係である。」
本書には具体的に3人で結婚した例が紹介されている。
「そうした3人組のケースはいくつか知られている。たとえば3人のオランダ人、ヴィクトル・ド・ブルゾンと2人の妻、ビアンカとミルジャムは一夫一婦婚と同じように一緒に暮らしている。この3人の関係は公証人立会いによる契約によって合法化されており、法的にも認められている。ビアンカとヴィクトルは18年間夫婦として過ごしていたが、その後この2人を愛したミルジャムが、最初の夫と離婚して人と一緒になったのである。」
名前で検索すると海外にニュースが見つかった。
・Dutch 'marriage':1 man, 2 women
Trio becomes 1st officially to tie the knots
http://www.wnd.com/news/article.asp?ARTICLE_ID=46583
この記事によると、ブルゾン(男性46歳)とビアンカ(女性31歳)の夫婦と、ミルジャム(女性35歳)はインターネットのチャットルームで知り合ったそうだ。女性二人の間には嫉妬がまったくばい。理由は二人の女性がバイセクシャルだから。ブルゾンは100%ヘテロセクシャル(一般的な異性愛者)であるから、4人目を加えると不倫になることになるので、追加はありえない、そうである(ロジックが実に複雑ですが、ま、そうか?)。
愛のかたちの歴史を振り返ると、意外にスピーディに進化してきたことがわかる。常に倫理も制度も後追いだ。実はキリスト教世界では1965年の第二ヴァチカン公会議で、結婚の目的はたんに生殖だけでなく、夫婦の愛情と幸福であることがようやく認められた、と書かれている。こうした今は奇抜な関係性だって、50年、100年で当たり前になる、のかもしれない。
・21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/21-1.html
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