重力の都
中上健次が谷崎潤一郎に捧げた短編集。6編は背景も登場人物も異なるが、谷崎の『春琴抄』の如く、針で目を突く行為がでてくる、文字通り盲目的な愛の連作。重力とは物語のこと。物語に引き寄せられて、深い闇に落ち込んでいく男と女の情景を描く。
表題作『重力の都』は、山中の工事現場を旅して働く男が、山を降りてきて、何かに憑かれたような不思議な女と出会う話。誘われるままに女の家に泊る。一夜限りの交わりのはずが、官能的な女の身体に魅せられて、ずるずると居ついてしまう。山の仕事や仲間のことなど忘れてしまう。男はこんな生活もまたいいか、と女の求めるがままに無為な二人だけの暮らしに埋没する。
『ふたかみ』は、荒くれ者の男が、身寄りのなくなった幼い姉弟を引き取って、育てることになる。雄雛、雌雛のような可憐な二人は、男の寝床にはいってきて、その身体に無邪気な悪戯をする。穢れのない子供に、性的な昂りを感じてはいけないと思う男だったが、やがて危うい倒錯の世界へ落ち込んでいく。
こうしたどうしようもない話の中で、針の一突きにより、登場人物たちは危うい一線を越えて、引き返せない闇の世界へと渡っていく。谷崎と違うのは、盲目になるのは男ではなくて、女の方であること。この作品では男は刺青という因果を背負う役が多い。一度やってしまったら戻せないという点では同じことでもあるが。
盲目と刺青という際どさと、男女の性的な官能がねっとり描かれた秀作。
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