つきはぎだらけの脳と心―脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?
・つきはぎだらけの脳と心―脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?
愛情、記憶、夢、楽しむセックス、神(宗教)など多くの「人間らしさ」は脳の進化上の制約(設計ミス)から生じたとする刺激的論考。著者は脳の可塑性研究の国際的リーダーのデイビッド・J・リンデン教授。
脳の進化上の制約とは、
1 既存のもののうえに新たな部分を付け加えるしかない
2 いったん持たせた機能を「オフ」にするのが非常に難しい
3 ニューロンの処理速度が遅く信頼性が低い
ということ。「その場しのぎの対策」のためのつぎはぎによって、脳は大きくなり、ネットワーク構造は複雑になり、万能機械になっていったが、燃費は悪く非効率で、予想外の副産物を多く生み出していった。
へんてこなシステムとして夢がある。著者によると、人間は毎晩夢を見ることで膨大な記憶を整理していく。レム睡眠とノンレム睡眠の反復によって記憶の定着と統合を行っているというのだ。そして、非論理的で奇想天外な物語が夢の中で展開されることで、超自然的な物語が脳に定着し、宗教を信じる脳ができあがったと説く。
こうしたユニークな見方が幾つも提示されるのだが、記憶の想起はグーグルと似ているという話も特に印象に残った。
「たとえば「去年の夏、海岸に日帰り旅行に行ったとき、一緒だったのは誰?」と入力すると、「海岸」や「去年の夏」といったキーワードに関わる記憶の断片が数多くヒットするというイメージだ。これが「去年の夏、海岸に日帰り旅行に行ったとき、雷雨にあって、家に向かう車のなかで気分が悪くなって戻った時、一緒だったのは誰?」だと、キーワードの下図がさらに増えることになり、出来事についての記憶が多く蘇る可能性が高くなる。同じ出来事でも、そのさまざまな側面について思い出せる可能性が高まるのだ。もちろん、記憶(宣言的記憶)の検索の場合、通常、文字を使って検索するわけではないところがグーグルとは異なる。」
ただし想起のプロセスは似ていても、記憶と記録ではその後がかなり異なる。人間の脳はグーグルと違って、正確に記録データを再現するわけではないからだ。ついつい物語をつくろうとする性質がある。さまざまな記憶の誤りや、過大・過小評価も伴う。
「記憶の検索は、蓄えてあるものをただ見つけ出して取り出すようなものではなく、もっと積極的、能動的な活動である。過去の出来事についての記憶に後から修正を加えることもある。」
進化上の制約によって、人間の脳にはさまざまな記憶のエラーが起きやすくなっている。かつては生存のために有利だった認知バイアスも、現代では判断を誤らせるだけの設計ミスになっている。脳の成り立ちや仕組みというハードウェアの理解は、脳の誤りを意識的に補正して考えるソフトウェア設計の知恵になるだろう。
また、記憶のエラー、非論理的な夢はともに設計ミスではあるが、おそらく創造性の源でもあるはずだ。本書が集中的に論じている脳の非合理性を、もっと突き詰めて研究したら、天才的ひらめきを連発する脳も作れるようになるのかもしれない。
・脳はあり合わせの材料から生まれた―それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけhttp://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-973.html
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: つきはぎだらけの脳と心―脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.ringolab.com/mt/mt-tb.cgi/2619