安原製作所回顧録
カメラ好きでベンチャー精神の人は絶対に読もう。面白すぎる。
著者は1997年に、たったひとりで世界最小のカメラメーカー「安原製作所」を設立し、「安原一式」「秋月」という名前のフィルムカメラ2機種を世に送り出した伝説の人。元京セラ出身のエンジニアなので技術は分かったが、経営は素人、カネはないし、会社を離れたら信用もない。ないないずくしの状態から、過去に例がない零細カメラメーカーを興していく起業物語。
「今は良いメーカーの良い製品だけが存在している時代だ。人の生き死にに関わる製品ならそうあるべきだが、それ以外ならあやしいメーカーのあやしい製品があったほうが面白いと考えるのは私だけだろうか。安物の服を買って洗濯したらばらばらになった。これを友達に話すネタができたと考えるのは心が豊かなことではないだろうか。」
ユニークな会社であるが故にマスコミには200回以上取り上げられ「一式」は最初の1ヶ月でネット予約3000台が入った。定価は一台5万5000円。予約金5000円をとってひやかしを防いだ。開発と中国の契約工場での量産は難航し3て、すべて納品するのに2年もかかったという。その苦労から学んで2台目の「秋月」をリリースするが、結局、マニアックなフィルムのレンジファインダーカメラでは、採算は合わなかったらしくカメラ生産の事業は2004年に撤退する。この本はその全プロセスの回顧録なのだ。
カメラ職人ならではのカメラ評論が楽しい。
「昔のレンズは味のある写りをする。物は言いようで、「味」というものの多くは工業的に言えば欠点のことである。コンピュータが無い時代に高度な光学設計ができるはずがなく、レンズの製造技術も今から考えるとひどいものだ。たとえ元は良いレンズであっても製造されてから何十年も経っているものが性能を維持しているとは考えられない。ただレンズの良し悪しを評価するのは最終的に人間の感性なので、その人が良いと思えばそれで良い。」
と味のあるクラシックレンズの幻想を打ち砕き、
「第一そのドイツのカメラ業界は日本に全く歯が立たないから衰退したわけで、滅ぼした側の日本人がいまだにドイツの光学製品を信仰しているのはある意味笑い話だ。」
と、ドイツ信仰を笑い飛ばす。
「私は職業柄友人にプロのカメラマンが沢山いるが、彼らは必要な物しか買わないし、あまり買い換えず長く使う。商売の相手としてはどんどん買ってくれるカメラマニアの方が有り難かったことも本音である。」
マニア向けの製品を幻想と喝破しつつも、開発者として誠実にその幻想につきあう物作りをしていたのが、一時的にせよ、ブームを作ることができた理由なのだろう。
ところで著者は小さなメーカーが存在することがフィルムカメラでさえ難しかったが「デジカメでは全く無理」と書いているのだが、2009年現在、少人数の家電ベンチャーが、新製品をリリースしようとしている。安原製作所が果たせなかった夢を、Cerevoはかなえることができるだろうか。
・Cerevo
http://cerevo.com/
カメラファンとして発売がとても楽しみだ。両社の対談も実現されたらいいなあ。
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