クラウドソーシング―みんなのパワーが世界を動かす
個人的にはクラウドコンピューティングよりクラウドソーシングのほうがずっと凄いと思う。コンピュータネットワークの上に実現されるヒューマンネットワークにこそ、インターネットの可能性があるのだ。世界中で使われていない才能や知識を、ネット上で集約し、活用する。オープンソースやウィキペディアは、そうした社会的生産の先鞭を付けた。世界最大のソフト開発と世界最大の辞典編集はオンラインのコミュニティが行っている。さらに世界には1日に20~60億時間もの潜在的な労働力が眠っているそうだ。あらゆる不可能を可能にできそうなパワーである。
近年のアマチュアのルネサンスは唐突に起きたのではなくて、高等教育を受ける人々が急増したこと、知識分配メカニズムとしてのインターネットの登場、複数の能力を身につけた労働力が専門性の高い労働市場で能力や教養を生かし切れず充実感を得られないでいること、などの現代社会の複合要因の必然的な結果であると著者は分析している。
この本では、群衆の持つ能力や適性を成功例をベースに検討している。ビジネス化という点では、コミュニティとコマースという一見対立するものを、いかに融合させて経済的価値を生み出す仕組みにしていくか、が最大の課題であろう。
そもそもコミュニティに何を任せたらよいのか。クラウドソーシングと単純労働の積み上げである従来の「人海戦術」はまったく異なるものだ。単純作業の割り当てでは、群衆のボランタリな参加を望めない。
「簡潔に答えれば、コミュニティは能力のある人々を見分け、彼らの作ったものを評価することに長けているのである。コミュニティのもつこの作用は、いまや情報経済の核心になりつつある。情報経済での原材料は鉄や鋼などではなく。ベンクラーの言によれば、「人間の創造的な労働」である。」
人間の創造性を生み出すにはモチベーションが必要だ。たとえばあるテーマでサイトに記事を書くことを頼んでもなかなか引き受けてもらえないが、尊敬する誰かと話をする"インタビューウィーク"を仕掛けると、人々は参加して記事が投稿されるようになったなどという事例が紹介されている。
本書では「クラウドソーシングのルール」が10個挙げられている。
1 正しい方式を選ぶ
1 集団的知性 2 群衆の創造 3 群衆の投票 4 群衆の投資
2 正しい群衆を選ぶ
3 正しい動機を与える
4 早まってリストラしてはいけない
5 ものいわぬ群衆、あるいは慈悲深い独裁者の原則
6 ことを単純にし、小さく分ける
7 スタージョンの法則(90%はカスである)を忘れない
8 スタージョンの法則を逆手にとって、10%の存在を忘れない
9 コミュニティはつねに正しい
10 自分のために群衆に何ができるかではなく、群衆のために自分に何ができるかを問う
見ず知らずの人たちから参加や協力を引き出す方法を熟知したヒューマンネットーク専門のシステムエンジニアが求められているといえる。それはもはや従来のネットワーク技術者の範疇を超える。社会的技術、政治的技術が機械的技術と融合してこそヒューマンネットワークが花開くのだと思う。
この本はハヤカワ新書juice創刊の最初のラインナップ(2冊)のうちの1冊。「知的な渇きを癒す「新鮮で濃厚な」作品をお届けする」がコンセプトだそうだが、新書としてボリュームも内容もよくて大満足。
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