薄暮
日経新聞夕刊文化面の連載作品の単行本化。
篠田節子の得意とする美術ミステリだが、「神鳥―イビス」など同系統の作品によく登場してきた超常現象やカルト教団といった要素が出てこない(新興宗教は少し出てくるが重要な役割ではない)。本作では正統派のミステリ長編として勝負している。オカルトなしでも、いや、なしのほうが読み応えがあって、面白かった。美術界主流から外れた雑誌の編集者が、埋もれた郷土画家を発掘したことに始まる一連の騒動と関係者の愛憎劇を描く。
亡き画家の作品の権利を受け継いだ糟糠の妻と、貧しかった画家を支え続けた地元の頒布会の人々、地域活性化のネタに使おうと考えた市役所の担当者、暗躍する美術ブローカー。メディアに取り上げられることで、それまで無価値だった絵画に高額の値がつく。画家に対する善意と支援の輪だったはずの人々の関係に、新たに生じた利益や名誉によって、ひびわれが生じてやがて大きく瓦解していく。
有名な芸術家の死後に妻が作品の権利を相続し管理するケースは現実にもあるわけだが、権利者は理由なしに無条件に著作物の利用を拒む強い権利を持つ。妻の意向次第で、広く人々に愛された作品を作品を闇に葬ることもできるという、著作権法の問題点が浮き彫りにされる作品でもあった。
篠田節子の作品は、しばしば登場する芸術家と地方の役人の描き方がリアルなのだが、「東京学芸大卒業後、八王子市役所に勤務」という経歴を読んで、なるほどなと思った。自身の体験からくるものなのか。
篠田節子の作品の過去の書評。
・夏の災厄
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-802.html
・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html
・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html
・弥勒
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005292.html
・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html
・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html
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