悪の遺伝子―ヒトはいつ天使から悪魔に変わるのか
美しかったが性格異常の姉に苦しめられた女性科学者が、私怨をこめまくって書いた悪の遺伝子研究の本。「邪悪な」姉の写真も使いまくりながら、他者を陥れる異常性格が形成される理由を暴こうとする。
「一見して、邪悪としか思えない人物がなぜ存在し、政治や宗教、学問の場、一般の職場やふつうの家庭まで、さまざまな社会構造の中で、いかに「役割」を果たしうるのか、あるいはトップにまで昇りつめることすらありうるのか?」
ヒトラー、ムッソリーニ、ポル・ポト、チャウシェスク、サダムフセインには不気味なほどの対人スキルの高さと感情の乏しさという共通点があった。脳を調べていくと、正常な人と反社会的な人では、「血・下水・地獄・レイプ」などのキーワードを聴いたときの脳の反応の仕方が大きく異なっていた。道徳心は実体のある神経学的プロセスである可能性があるという。
古典的な優生学は非科学的であり社会的にも認められないものとして排除されたが、遺伝子の研究、脳科学は、人間の尊厳に関する新たな問題を提起しようとしている。この本が主張するように、邪悪な人間になる遺伝子があって、破滅的思考を生む脳内回路を作り出しているのだとすれば、遺伝病を防ぐのと同様に治療で消すべきなのか、心をいじるべきなのか、倫理的に難しい問題だ。
邪悪な人間がなぜ「偉大な指導者」にのぼりつめるのか。社会学的な考察もある。毛沢東の主治医は「毛沢東を知れば知るほど、彼を尊敬できなくなる。内輪のサークルを入れ替え、新たな崇拝者の一群を入れることで、こびへつらう人間を確保していたのだ。」と証言している。もともと利己的な遺伝子を持つ人間が、利己的であるが故に社会の階段を上がっていき、大きな権力を手にすることで、その異常さを加速させていく。これは結構普遍的な話だろうと思う。偉い人に性格異常者がいるのは世界共通の真理だろう。たくさんの歴史的英雄の邪悪な一面が挙げられている。
ただし、この本がユニークなのは、著者の邪悪な姉の思い出「姉はこうして狂っていった」で恨み辛みがビジュアル資料つきで繰り返し語られるところのほうである。著者の邪悪な遺伝子の解明に向けての内面的な駆動力となっていることをあからさまにしている。であるが故に、本書の議論の進め方は科学的アプローチからはかなり逸脱している。真面目なサイエンスを期待すると失望するだろう。一人の執念の研究者のゆがんだ半生記として読んだ方が楽しめる。
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